ゆびぬき。
13895
ゆびぬき。

[ HOME日記TOP記事検索携帯用URL管理用 ]


2015/02/10(Tue) 11:21 更新その他。山田エズミ  

 阿呆の方舟、更新しました。古いものです。読みたい方は上のHOMEをクリックして下さい。

 寒いので殆ど寝床にもぐって、図書館で借りた本を読んでいる。

 借りたのは、「テースト・オブ・苦虫 4、5 町田康著」「ジョンベネ殺し トーマス・C・ミラー著」「そしてカバたちはタンクで茹で死に ジャック・ケルアック&ウィリアム・バロウズ著」

 最近、映画をとんと観ない。この間の土曜日には「テルマエ・ロマエ2」を観て、申し訳ないがうんざりしてしまい、日曜日、録画してあった「ダーティーハリー1、2」を観たが、筋をきっちり覚えていたので連れ合いが観たところ迄と、猫が呼ぶので遊んでやったきりになった。基本的に洋画は吹き替えでは観ないので、辛い。

 

 で、「阿呆の方舟」の方。

 明良、水尾は若くして死んでしまったが、それが却って書きやすかったりする。

 それより頻繁に、まるで作者の分身のように登場する亮二はどうか。

 彼らのように悲惨な過去を持ち合わせいる訳でもないし、病弱でもない。嘘のように能天気な性格で反抗期すらなかった。怠くて暗い曲を作るのも、「アズテック・カメラ」の『ジャンプ』に影響されたものだと本人は思ってい る。

 が、彼が幼少の頃祖父がいみじくも云った、「既に人生に疲れたような顔をする時がある」というのが鍵である。何処の子供が「欲しいものはないか」と訊かれ「今はない」と答えるだろうか。青少年期は慥かに屈託がないように見受けられるが、親に口答えひとつしないで碌に物も欲しがらないというのは、考えてみるとかなり変である。

 彼の設定の半分以上がわたしを元にしたものなので、あれこれ書くのもナンなんですが、「死にそうな程暗くて怠い曲」を作る以上は何処かにそういった要素がある筈なのだ。江木澤は一時そういう部分があるのではないかと思ったが、無いものと確信し、親ですら気づかなかったその部分を、祖父は彼が子供の頃に既に見抜いていたのである。

 三十半ばになってはっきりしてくるが、彼の死生観は実に明良に似ている事が判る。

「死にたければ勝手に死にゃいい」と。

 明良のように生まれついたときから死と隣り合わせで生きていた訳でも、身の周りの人間が必要以上に死んだ訳でもない。何故、そのような考え方をするようになったのか。

 もともと、自分は自分、他人は他人ときっちり境界線を引いているところはあった。それでも自分を慕ってきたり頼ってきたりするものには手間閑惜しまず愛情を注ぐ人間であった。そのいい例が、明白地に自分を嫌っていた 玲二が怪我をした時に駆けつけた件である。単なるお人好しとも云い切れない何かがある。

 独白形式の文章が多いが、もうおっさんのエッセイのようだ。はじめてライブハウスで演奏した時は、土壇場でキャンセルしたバンドの代理で出たのだが、客は三人しかいない上に、曲の殆どを怒りのあまり(気が短いので)即興で歌詞を頭に来ている状態そのままを替え歌状態にして、自棄糞になって「一応こなした」。高校時代に路上でやっていた時には、結構人気があり、それまでの落差に腹を立てた訳である。その時の最初に会場に居た女の子のひとりが清世だった。

 その時より数年経ったら、自分の音楽に対しても「価値があるとも思ってないし、プライドもない」ときっぱり云い切っている。変化を求めない彼の中で、怒りが引っ込んだ変わりに(根に持つ性格ではないので)、達観してしまったのである。三十代になると、音楽を辞めて盆栽か陶芸、あまつさえ居合い抜きでもやろうかと迄考える。このジジむささはどうした事だろうか。わたしがそうなのか?

 酒もワインなどは好んでは呑まない。ビールも呑まない。好んで呑むのは焼酎である。だだ、勧められた酒は断らない。

 

 彼の穿いているジーパンが細いほそいと書いているが、別にスリムジーンズやスパッツみたいなのを穿いている訳ではない。昔、リーバイスで505という型番のものがあったのだが、それに近いと考えてほしい。そんな大昔になくなってしまったものなど知る訳がないか……

 慥かこれは日本人の体型に合わせて作られて、後にUS505として出たのとは別物だ(ああ、逆かも知れない、記憶があやふやだ)。兎に角、501より細身でジップフライの若干股上が浅めのジーンズで、なぜこんなにジーパンの事に詳しいかというと、わたし自身が殆どジーパンしか穿かないし、ジーパン屋に勤めていた所為である。

 関係ないのだが、この間電車の中で見た若者が恰好いい黒のジーンズを穿いており、それはキャサリン・ハムネットだった。此処のデザインは昔から好だった。が、買う事はなかった。高いから。イギリスのメーカー(ブランド?)は好ましく思う。でも、ヴィヴィアン・ウエストウッドみたいなのは好まない。基本的にわたしの中で、パンク・ファッションと謂うのは「変だ」という印象しかないのだ。耳に安全ピン差したり、紫色の髪の毛をしていたり、膝から膝へベルトが渡してあるタータンチェックのミニスカートがくっついたズボン穿いてる男なんかに魅力を感じることがわたしは出来ない。それはもう、反骨精神とは別物だった。

 そう謂ったパンクファッションを見たのは、七十年代の頃で、わたしはまだ名古屋は自由が丘の市営住宅に住んでいて、中心地に出るにはバスで行くか、地下鉄の駅までかなりの距離を歩いてゆかねばならなかった。はじめて見たパンクな兄ちゃんを見たわたしは、このひとは一体なんだろう、と思った。そんな恰好して市バスに乗って来られたら子供はびびる。

 その後、バンドブームと謂うのがあり、パンクが復活し、似た様な身成をした若者を見かけた。

 近年では、若者文化に定着してしまったのか、擦り切れた黒のスリムジーンズに財布から鎖を垂らし、編み上げ靴を穿いて居る子供をよく見かける。昔だったら、あれは不良の恰好だ。

 まあ、取り敢えず、わたしは妙ちきりんな身装はしていない。年を喰って、どんどんシンプルになってゆく。十年以上前に拵えた亮二の様に、無地の服しか着なくなった。服そのものもばっさり処分した。その上、喜怒哀楽に乏しくなった。テレビを見る習慣がないのだが、本を読んでも雑誌を見ても、感動もしなければ心惹かれる事もない。物欲も消え失せた。毎日豆腐を喰って居る。

 

 三十七歳で十五年同居してきた小高清世嬢と入籍を果たすのだが、それは周りの「お偉いさん」がやいのやいの云ったからで、本社に配属されなければその気にすらならなかっただろう。四十五で両親が母方の実家へ引っ込み、其処を譲ってもらう迄東三区の襤褸アパートに住み続けた。

 さて、彼が高校時代につき合っていた謎の彼女。「いつもどおりに」で少し触れられてはいるのだが、後は「名前を忘れてしまった」扱い……。酷い話もあったものだ。彼女とは二年に進学した時に同じクラスになり、彼女の方は前の年の文化祭(学園祭?)で亮二の事は知っていたのだが、クラスが違ったので声を掛け ずじまいだった、ということにした。つまり、彼女、コマキマキコの方が先に彼の事を意識していたのだ。まあ、そんな事はどうでもいい。クラスメイトならすぐに仲良くなれる(ひとはなれる)。特に亮二のようなひと懐っこい奴が相手なら。まあ、その辺は置いといて、何故、名前まで忘れてしまったのか。

 理由は色々あるが、「いつもどおりに」で江木澤が触れているように、亮二は彼女の事を「コマキ」と呼んでいた。しかも、それすら滅多に口にしなかった。そして三年の夏休みの終わりまで路上ライブを続け、その後は真面目に受験勉強に励んでしまった。床屋も行かずに。そんなこんなで、恋人同士というよりは単なる友達になってしまった訳である。彼女は亮二の事が本当に好きだったので、こりゃ駄目だ、と諦めた。で、卒業式の日、

「もう、これで会わない。携帯のメモリー消すからリョウ君もわたしの削除して」

「いいけど……、うーん」

「なに」

「いやあ、なんか青春してるなあ、と思って」

「ばか!」

 こんな顛末だった。苗字でしか呼んでいなかった上に、彼としてはそれなりにダメージを受けて忘れようとした。そして、記憶のすり替えを行った。 昔、じいさんに聞いた女優の名前——「栗原小巻」。そして、下の名前はもともとうろ覚えだったので、忘却の彼方へ沈んでいった。

 馬鹿は死ななきゃ治らない。

 

 

基本設定

12月29日生まれ。

B型。

家族構成→父、母、自分(後に妻)。

登場人物では三番目に痩せている (一番痩せているのは、実は光太郎君。次が玲二。死ぬ直前の明良は勘定に入れない。水尾は同じくらいかな……。でも肉体労働しているので体つきは彼の方がしっかりしていると思う)。178.cm、53kgあるかないか。アンガールズほど痩せてはいないとおもう(実物を見たことがない)。あんなに気持ちの悪い顔もしていない。容姿のモデルはない。

煙草はキャスター・マイルド。親父がそれを吸ってるからというだけの理由(はじめて吸ったのが父親から貰った一本だった)。

禁煙指定は守る方だが、時々「小坊主」の前で吸っている。一日多い時で二箱くらい。

小型のジープと謂うのは、ターボを搭載していないSUZUKIジムニーである。わたしが免許を取った時でも現行の車ではなく(取得するのが遅かったのだが)、現在走っているものを見ると錆びていたりへこんでいたりする。ターボでないものは滅多に見かけない。たまたまスーパーマーケットの駐車場で見た、国防色のかなり念入りに手入れされている車があって、いいなあ、と思った。のが十五年前のことだった。

女友達が多い方ではない。男友達もやたらと多い訳ではない。

気になった事はとことんやらないと気が済まない。

だから切った葱を育ててみたり、缶詰のキャットフードを喰ってみたりした訳である。

音楽は四十八迄はまだ気が済んでないようである。その後どうなるかは考えていない。

確実なのは「子供を作らない」という事くらいだろうか。

猫は増えるかも知れない。ミア・ファローの子供くらい増えるかも知れない。

 

 

くどい様だが、わたしの書くものの殆どは現実ではない。実際に存在する人名などが出てくるが、関係ない。小説や映画の内容などの引用はあるが。

 


 






2015/02/07(Sat) 22:31 休日。山田エズミ  

碧南海浜水族館へ行った。
しょぼい処だと聞いていたが、そんなことはなかった。まあ、立派な水族館には劣るかも知れないが。
裏側を案内してくれて、そこそこ面白かった。ネコザメが捏ねくり廻されても平気なのが可笑しかった。魚は人間の体温だと、火傷すると聞いたことがあるが、そんな様子はなかった。
展示されているものは、日本近海で採取された魚ばかりだったが、見ていて飽きない。海月が好きなので、三つの水槽をずっと見て居た。解説に依ると、海月は口から排泄するそうだ。なんとも汚らしい話だが、プランクトンしか喰っていないのだから何うと謂うことはないのかも知れない。
天気は晴朗とはいえなかったが、写真は撮った。

不要な衣類を古着屋に持っていった。結構な量を持っていったのだが、五百八十円だった。そんなに着古しては居ないし、内には高価なものもあったのだが、古着で衣類を買うのは主に若者で、若者の好むブランドとは違うので安かったのだろう。二十年前にの若者が好んだものとは当然違ってくる(二十年前でもわたしは若者ではなかったが)。何う見ても安臭いオックスフォード・シャツが五千円以上する。バーバリーではない。コムデギャルソンでもない。よく判らない。
まあ、いい。二日分の食費にはなった。



 






2015/02/05(Thu) 18:13 日常。山田エズミ  

 今日、所用があって出掛けたのだけれど、遡るとこの間の日曜日にも出掛けた。
中国の正月(日本でいう旧正月)を祝う祭りで、特設会場では拳法の舞いなどが披露されて、整然とした屋台が建ち並んでいた。
売られて居たものの殆どが、純中国産の食品、物品で、朝飯を喰わずに出掛けた我々は、取り敢えずビールと鶏の骨つき肉を買って食べた。ビールは国産のものだが、不味かった。メーカーを責めてはいけない。わたしが単にビールが苦手だからだ。しかも、寒風吹きすさび、非常に寒い。鶏はよく煮込んであって美味しかった。八角が効いていた。
殆どを連れが食べ、今度は水餃子と焼き餃子を買う。焼き餃子は好きではないので、水餃子を食べる。美味しい。複雑な香辛料の味。熱燗の紹興酒も飲む。因に、まだ十一時。
来ているひとの大半が中国の方だったが、連れが間違われて声を掛けられていた。東南アジア人によく間違えられるが、中国人にも思われるらしい。
わたしは腹いっぱいになったが、連れはまだ食べたりなさそうだった。よく喰う奴だ。
大須へ行く。
久し振りの大須は、何も変わっていない様に見えて、気に入っていた店がなくなったりしていた。まあ、それも時代の流れなのだろう。いつも見て歩く処を見て廻り、何も買わなかった。欲しいと思うものはあったけれど、衝動買いするほど子供ではなくなったと謂うことか。
三時間くらい歩いて、大須間の前の中華料理屋でかた焼きそばとレモンサワー。発泡飲料は苦手なのだが、ウーロンハイの類いがないから仕方がない。別に水でも良かったのだが。
更に歩いて、今度はパルコの方へ戻る。南館のnico ando…を覗く。此処にある事は知っていたが、来るのははじめてだった。安い上にごく普通のデザインで、好みの店だ。しかも、セールで更にお買い得。でも、何も買わなかった。
祭り会場に再び赴き、晩酌のあてを買い求める。
もみじと何かの心臓と、恐らく豚の耳。全部で千円。
もみじは、東海林さだお氏が書く通り、食せる部分はごく僅か。確乎り煮込んであるのに、脂っこい。途中でやめて、スープにする事にした。心臓は脂っ気がなく、ベーコンの様なコンビーフの様な味。大きさからいって、豚の心臓だと思われる。豚の耳(と思われる)ものは、飴色に炊きあがり、軟骨がこりこりして美味しい。ゼラチン状の部分が食べているうちにくどくなってくる。
肉ばかり喰って居るとさすがに厭になってくる。冷凍の枝豆があったので、仕方なくそれをもそもそ食べる。どうしても肉ばかりでは辛くなる。

で、本日は、髪を切って、スーパーマーケットで野菜ジュース、湯葉、ワゴンで格安になっていた百合根、九十四円のカップ蕎麦を買う。
夕飯に、百合根を蒸して食べた。何もつけなくてもほくほくして美味しい。お節料理にはいっているこれが大好きだった。三十八円と、格安なのも嬉しい。
必要最低限のものしか買わない様にしているのだが、月末になると苦しくなる。生きてゆく為にはどうしても金が必要なのだ。







2015/01/27(Tue) 20:36 胃。山田エズミ  

胃が荒れている。
午にサラダを喰って、一服したところ、フィルターに血がついていた。昔、歯を磨くと歯茎から血が出ませんか? というコマーシャルがあったが、唇から血が出た。重症である。
医者から胃潰瘍の薬を三種処方されているのだが、効き目があまりない。
サラダとキャベツスープしか飲んでいないのに、何故胃炎を起こすのだ。これ以上、どう節制しろと?
牛乳だけ飲んで暮らそうか。
ううむ。
やはり、日曜日に脂っこい魚を食ったのがいけなかったか。


 






2015/01/25(Sun) 22:15 休日。山田エズミ  

今日は、温泉に行った。
温泉は苦手だ。疲れる。
スーパー銭湯の様なところだけれど、ちゃんとした天然温泉だ。海が近い所為か(それほど近くないか)、舐めてみるとしょっぱい。湯に浸かっているだけで草臥れるので、サウナには入らない。入った事がない。誰のだったか忘れたが、とある短編小説で、サウナに入って水分が抜けてしまって、皮だけになってしまうと謂う話を読んだ事がある。恐ろしい。
同じ敷地内にある、地場の野菜や魚介類を売っているところで、とろ鯖と鱚の干物と、芥子菜と頭くらいあるブロッコリーを買って帰る。
鱚の干物を炙って焼酎で一杯。干涸びた魚の味がする。
芥子菜は、葉の部分が濃い紫色をしている。茹でると、濃い緑色になってしまったが、絞ると茄子の様な紫色の汁が出た。醤油をつけて食べる。特に味はない。
とろ鯖の干物は、とろと謂うだけあって、もの凄い脂。青魚の脂は呆け防止に好いそうなので我慢して食べる。干しても、水分は抜けても脂は抜けないらしい。
ブロッコリーは、すごい量だった。
五時から七時半迄、酒を呑みつつ食べたのだが、もう、明日は何も食べなくてもいいくらい、腹いっぱいになった。干物と野菜で。
健康的なのか、何なのか。



 






2015/01/18(Sun) 21:22 怠惰。山田エズミ  

夕方に起きた。
明け方迄、インターネットをしていて、それからずっと寝て居た。
インターネットと謂うのは、とても有難い。それで書物を読んだりはしないが、調べものには役立つ。たいした事は調べないが。
ラーメンの事を調べてみた。
去年、はじめて食べて、あまりにも変な味だったので、その後、二度ほど食べた「天下一品」。
後は、地元の八百善と常滑チャーシュー。
八百善は常滑の有名ラーメン店である。その、チャーシューが、ただ事ではなかった。だいの男でも、半分は残す(2センチ以上の厚さの極大チャーシューが2枚載せられている。昔はチャーシューメンと謂うメニューがあったらしいが、これには4枚ものチャーシューが載っていたそうだ。喰えるか)。大抵のひとは、ビニール袋を貰って、持ち帰った。
店は汚く、客あしらいはぶっきらぼうで、味も良くなかった。が、混んでいた。
突然閉店して、もめ事があったらしいが、別の経営者に依る「常滑チャーシュー」と謂う店がオープンした。
八百善と違って、店はきれいで、店員は愛想がいい。味はその侭で、ボリューミーなチャーシューも踏襲している。新しくするならば、醤油その侭のようなスープや、気の抜けた様な麺を改善すればいい様なものの、その侭だった。おかみさんが客に請われると出していたチャーシュー持ち帰りのビニール袋は、卓子に既に置かれて居る。手間を省いたとも云える。
名古屋と謂えばすがきやだが、ラーメン福を忘れてはならない。
ここは、とんでもない量のもやしで有名な店である。麺と同じくらいの量のもやしが、丼にてんこ盛りになっている。量は加減出来るが。年に一回行くくらいだが、わたしは必ず「スタミナ芥子」を大量に投入する。胃が悪いのに、辛いものが好きなのだ。藤一番と謂う店もあるが、元は同じ店から派生したと謂う。経緯は、「八百善」と「常滑チャーシュー」の様な感じだったらしい。
 
他に調べたのは、「美少年」。
この項目を打ち込んで調べたのではなく(変態ではないので)、たまたま其処に行きついた。
ポール・ハンプシャーと謂う人物。誰だ、と思ったら、「パナッシュ」と謂う、イギリスのポップグループの一員だった。「ジャパン」と同じ様に、日本でだけ騒がれたグループである。ポール・ハンプシャーは、そこのキーボード担当で、気持ち悪いくらいの美少年だった。ロック雑誌のグラビアをよく飾っていた。
改めて写真を見てみたのだが、女の子にしか見えない。十代ならば判るが、ハタチ過ぎてもこれだとなると、西洋人としては奇形的である。超絶的美少年となると、ヴィスコンティの「ベニスに死す」のビヨルン・アンドレセンを誰もが思い浮かべるだろうが、あれは監督の演出力もあった。ポール・ハンプシャーは、もう、骨格からして華奢で、裸になっても女。と謂うか少女。何処か間違っている。「パナッシュ」解散後、元々そう謂う趣味だったのか、ジェネシス・P・オリッジと謂う、名うての変態ミュージシャンの許で、変態の道に邁進した。彼と、彼の嫁さんと、3Pしたとかなんとか、当時の音楽関係の本に書かれている。ジェネシス・P・オリッジの、サイキックTV(アルバム持ってるよ。スロッビング・グリッスルも)に参加し、彼が提唱する新興宗教にのめり込んだらしい。その頃、誰やらいうミュージシャンのジャケットで、太鼓に縛りつけられている画像も見たが、エロチックと謂うよりは、もののあはれを感じさせられた。極めればいいと謂うものではない。その周辺には、ストロベリー・スイッチ・ブレイドという、女の子二人組の片方が一緒に活動していたらしいが、アイドルはどうもそのイメージを払拭する為に、極端な方向へ向かいがちだ。まあ、このふたりは(ストロベリー・スイッチ・ブレイドの片方も、やたらゴスだった)、性的に偏った嗜好が見え隠れしてはいたのだが。
ポール・ハンプシャーは、BEEと名のり、タイに移り住み、FUTONと謂うバンドで活動しているらしい。現在でもその美貌は衰えていないらしいが、もう、四十半ばだろう。やはり何処か可怪しい。しかもFUTONって。慥かにイギリスでFUTONと謂う文字は目にした。このバンドも、日系人が参加しているらしい。theをつけたら、座布団だ。どちらでもいいのだけれど。
で、美少年と謂えば、大抵取り上げられていたのが、エドワード・ファーロング。
T2の時は、子供だったのであれだが、線の細い、日本人受けしそうな容姿だった。が、子役の成れの果ては哀れと云うしかない。演技力は慥かだったが、役者としてではなく、人間としての道を踏み外してしまった。容貌も、見る影もなく荒んでしまった。ロバート・ダウニー・Jrの様に、演技力を買われて擁護してくれるひとも居なかった。
気の毒としか云いようがない。
彼の代表作は、何れだというと、たいした作品に出て居ないので難しいのだが、敢えてひとつ上げるのならば、「デトロイト・ロック・シティ」になるだろうか。はっきり云って、阿呆映画の何ものでもないのだが、そのアホさ加減が振り切れていて、却って好もしい。この頃既に、酒の所為なのか腹が出ているのだが、役柄の高校生が、不自然でない。腹の出た高校生。
この題名からあれ、と思われる方も居られるだろうが、そう、映画にもなったあほ漫画、『デトロイト・メタル・シティ」の原本が此方である。
ついでに女装する男と謂うものも調べてみたが(何故だ?)、完璧だったのは、ラルク・アン・シエルのhydeだった。
このひとは、ハロウイーンに毎年女装してライブをやるらしい。変態なのだろうか。しかし、有り得ないくらいに、美しかった。何処か間違っている。
西洋人と違って、東洋人は骨格が華奢なので、女装し易いと謂うのはある。性転換しても、男性は女性には成り切れないものだが、タイ人のニューハーフを見れば判る様に、東洋人は女と変わらぬ姿に成る。恐ろしい。
ガリガリの男性でも、女性ホルモンを投与すると、肉質がふっくらして、女性的になるそうだ。そう、女性ホルモンは体をふっくらさせ、男性ホルモンは脂肪の少ない体にさせる。だから、男で太っているひとは、女性ホルモンが過多だと謂えるのだ。
歌舞伎の女形は、痩せすぎない様に気をつけるらしい。痩せると骨張って、ぎすぎすしてくるからだ。ぎすぎすした女は美しくない。デブはもっと美しくないが、現代の基準はデブに厳し過ぎる様に思う。身長から110引いたくらいが恰度いい体重だと思う。男は痩せていて構わない。好きに痩せてくれ。はっきり云って、何うでもいい。










2015/01/17(Sat) 00:32 太らない秘訣。山田エズミ  

一億層ダイエット時代。
皆さん、ダイエットしていますか? わたしはしていません。
一時期、体重が増えた為、ダイエットしようとしたのですが、根がずぼらなので続きませんでした。
そもそも、太った理由が判らないと、適切なダイエットは出来ない。
ひとり暮らしの自堕落な生活で太った事は判っている。あとは、ストレス。
どちらも完全に取り除く事は出来ない。
夏バテに期待したが、夏バテしなかった。
が、秋になり、冬になり、何故か痩せた。
碌なもんを喰っていなかったからだと思う。胃炎も手伝った。
そう、胃炎になると痩せる。
あまりにも不健康な方法だが。それに、胃が丈夫だと無理だ。
一日の消費カロリーを下廻る摂取量を心掛ければ、当然のこと乍ら痩せる。
後は、外出を控える。外出しないと運動不足になりがちだが、運動に依るカロリーの消費量は微々たるものだ。体を動かして痩せようとしても、それは無理な話だ。アスリート並の運動量が必要だからだ。
食事は糖分と油分を控える。
わたしは元々、甘いものと脂っこいモノが嫌いなので、苦ではない。では、何故太ったのか。それは謎です。
一番いいのは、粥を喰うこと。
米を喰うと太るのだが(穀類は糖分が多い)、半膳の飯を水でふやかして食べるので半分のカロリーになるのだ。白粥では栄養的に問題があるので、 野菜を入れて雑煮風にすると良い。料理が苦手でも出来る。胃にも優しい。
肉は食べてもいいそうだ。
要は、調理方法なのだ。
天麩羅などの揚げ物はよくない。肉類が喰いたかったら、網焼きにする。味つけは塩胡椒。塩は控えめにする。塩分は、水分の代謝を悪くするので、体がむくむ。魚介類も、塩抜きした方がいい。
野菜も油で炒めないで、茹でるか蒸して食べる。蒸すのは面倒だと思うだろうが、レンジを使えば簡単だ。茹でるとビタミンが流れ出てしまうので、蒸した方がいい。茹でる場合は、スープなどにするといい。
冬になると、各家庭で鍋料理を盛んにすると思うが、あれは簡単でカロリーも低いのでお勧めする。包丁が使えれば誰でも出来る。ひとり暮らしだとなかなか出来ないかも知れないが、最近は「ひとり鍋」と謂うのが流行っていて、スーパーマーケットへゆけば、ひとり鍋用の調味料が売っている。食材を一人分揃えるのが難儀だと思うかも知れないが、野菜売り場には鍋用野菜のセットが売られている。既に切ってあって、量も手頃だ。
材料を揃えたら、鍋に入れて、煮るだけ。それすら面倒だと云うひとは、レンジに入れて、5、6分。それで出来てしまう。文明の利器を利用しない手はない。
暖かくなると、鍋の食材が揃え難くなるが、それは和食の連想からそう思うだけで、洋の思考に切り替えれば、鍋の食材は年中揃って居る。
シチューもポトフも鍋料理だ。ただし、シチューはカロリーが高い。
簡単に出来るのは、ポトフ。
用意するものは、玉葱、人参、じゃがいも、キャベツ、ソーセージ。これらを適当に切って、コンソメスープで煮込むだけ。馬鹿でも出来る。結構な量が出来てしまうので、食べ続ける事になる。水気が多いので、腹が膨らむ。飯の入り込む余地がないので、太らない。
食べる事が好きなひとは、取り敢えず、テレビと雑誌を見ない様にすることだ。このふたつの媒体は、何故だか知らぬが喰い物の事ばかり取り上げる。しかも、旨そうなものばかり。わたしは食べたくならないのだが、ラーメンの映像(画像)を見ると、矢も楯もたまらず喰いたくなるひとが居るという。そういうひとにとって、このふたつは毒と云っても過言ではない。ラーメンは胃に悪い上にカロリーが高い。若者に人気の豚骨スープなど、一週間喰ったら確実に肥満する。
一番簡単な方法は、寝ること。
ただ、ひたすら寝る。腹がへって目が覚めても、布団から出ない。うだうだしているうちに、また眠ってしまう。寝ているだけでも、カロリーは消費する。従って、痩せる。









2015/01/16(Fri) 21:56 街出。山田エズミ  

所用があって電車に乗ったついでに、名古屋まで行ってきた。
田舎に住んでいる割には、殆ど電車を利用しない。田舎に住んでいるからなのかも知れない。
名古屋に行って、アパートの更新料を払って(16,200円)、近鉄百貨店へ。此処は、昔の面影なく、現在では若者向きの服飾店が居並ぶ。後は本屋とレコード屋だ。
若者向きだけあって、安い服屋ばかりだ。しかも、今はセールの季節。安いやすい。
キューブシュガーと謂う店で、ワークパンツとシャツを買った。冬服とはいうものの、年中着られるものだ。去年の夏物セールの時にも、ワークパンツを買ったのだが、凝った作りの割に、異様に安い。難有い。
本屋で某漫画家の新刊を買う。
高島屋の休憩所で読んだのだが、あまりのデッサン力のなさに唖然としてしまった。一時期、ちゃんとした絵を書いていたのだが、また下手糞に戻ってしまった。何故だ。
わたしも少し絵を書くが、独学なりにデッサンは勉強した。味で勝負の絵が掛けないので、頑張ったのだ。
独学と云っても、一瞬、画塾の様なところへ通った。其処の先生から、手足のデッサンをしなさいと云われた。痛いところをつく。手先、足先を書くのが苦手で、其処のところは端折って描いていたのだ。見るひとが見ればバレバレだったのだ。
で、モデルが居ないので、自分の手足を描いたり、ファッション雑誌の写真を基に全身のバランスを見て描いたりした。わたしは努力する事が苦手なのだが、この時ばかりは一生懸命やった。やったところで何が何うなる訳でもないのだが。が、ひとから絵が巧いと謂われる様にはなった。だからといって、嬉しくも何ともなかったのは、わたしの根性が捻くれていたからだろう。
捻くれていると、生きているうちの半分の歓びを失う。
午飯は、名鉄改札から近鉄に向かう途中にある、サンマルコと謂うカレー専門店で、「冬野菜のカレー」を食べた。カウンターだけの店で、以前から気になっていた。美味しかったかと云うと、普通。ただ、ルーの量が少なかった。絶望的に少なかった。
晩飯は、くまさんと一緒に、以前行った事のある、もつ鍋屋で。もつ鍋専門店ではないので、前半は焼き肉で飲む。胃が悪いので、ビールは飲まない。焼き肉と謂っても、カルビなどは頼まない。モツ専門。
もつ鍋は、不思議にミルキーな味わいで、〆のラーメンが旨い。ラーメンも実は胃に悪い。
胃潰瘍になると、医者からビールとコーヒーとラーメンを禁じられるそうだ。胃潰瘍になった事はないのだが(たぶん)、胃潰瘍の薬は処方されている。でも、最近、処方された薬をまったく飲まないので、胃は荒れ放題だ。薬、飲もうよ。

 






2015/01/13(Tue) 19:21 食事。山田エズミ  

夕飯に鮭の刺身を食べた。解凍が巧くいかなかったのか、べしゃべしゃで不味かった。
ひとりで居るときは、畜肉は殆ど食べない。というか、まったく食べない。くまさんといる時には食べるが、美味しいと思わない。特に、鶏肉が嫌いだ。ぱさぱさして不味いからだ。鍋に入れるのは鳥肉団子だが、これはつなぎが入っているので美味しい。軟骨の入っているのは特に美味しい。
野菜ばかり食べるのは、調理をしなくても喰えるからだ。
料理は面倒くさい。使った調理器具を洗うのは、もっと面倒くさい。
おせちで好きだったのは、酢の物だ。男性は酢の物が苦手らしい。何故だろう。
うちの雑煮は、関東風で、すまし汁に蒲鉾と法蓮草を入れただけの、至ってシンプルなものだった。焼いた餅を入れる。何かの雑誌で見たのだが、名古屋の雑煮は小豆を入れると書いてあった。そんなものは見たことがない。旨いのか?
汁粉やぜんざいは、喰うと吐く。甘いものが苦手なのだ。沖縄に行ったとき、喫茶店の店先に、ぜんざいと書かれた張り紙があった。後で調べたら、内地のぜんざいとは別物だった。
名古屋のひとは、餡子を好く食すらしい。喫茶店のモーニング・サービスで、餡バター・トーストと謂うのがある。食パンにバターを塗って、ゆるく溶いた餡子を塗りつけて焼いたものだ。気色悪い。
明日から菜食主義になれ、と云われても、あまり困らない様な気がする。


 






2015/01/09(Fri) 22:46 文章山田エズミ  


「阿呆の方舟」に書いた話はすべてわたしの頭の中にある世界の出来事で、実在のものとはまったく関係ない。因に、あちらで使っている「笹井散」という名前は、「何事も些細に散る哉」という厭世観溢れるわたしの考え方からきている。この世界は、まだわたしが若かりし十代の頃からじわ じわと広がってゆき、うん十年経った今となってはもう夢の中にまで浸食してくる有様である。こうなるとちょっと恐い。
読んでみれば判ると思うが、わたしは最先端の技術には滅茶苦茶弱い。コンピュータもMacしか使えない。なのにこの世界は現代と近未来がごっちゃになっており、頭を悩まされる。情報はすべてインターネットやデータでやりとりされ、書籍の類いは殆どない。CDもDVDも過去の物。なんでこんな設定にしたのだろうか……。
子供の頃からSFと探偵小説が好きで、それでこんな両極端な世界が混じりあった混沌としたものが出來上がったのかも知れない。
映画も昔から好きで、影響を受けたのは初期のゴダールとかルイス・ブニュエル、ミケラジェロ・アントニオーニ、ロシアやチェコの映画など。いまだに衝撃が尾を引いているのは「未来世紀ブラジル」と「ブレードランナー」、そして殆ど誰も知らない「砂時計」。それにしても、「ブレードランナー」は小説の方には「アンドロイドは電気羊の夢をみるか」という、秀逸な邦題がついているのに何でこんなしょうもないタイトルになってしまったのだろうか。「電気羊」なんて語感も字面も身悶えする程素晴らしいのに。
これを観た後はやたらと近未来のレプリカントもどきやクローン人間が出てくる 話を書いていた。新市、旧市、裏町の設定を思いついたのもこの頃だった。まだ近代的な都市があって、その隣に開発を放棄されたような街がある、という曖昧な設定だったのだが。その時思いついたのが「アルビノの青年(少年)」と謂うもので、後にそれを明良に振ったが、当時はカナギシ(加奈岸)がその設定で、ある時は人工的に造られた高い知能を持つ半人間とか、植物の遺伝子を組み込まれた人間の三倍位くらいの寿命を持つ一種のクローン人間とかで、だいたい研究所なんかから逃げ出して隠遁生活を送っている、という怠くて暗い話を書いていた。
何故「白皮症」の少年を「明るくて良い」と謂う名にしたかと謂うと、色素がなく、紫外線に弱いからである。陽射しの中でもやんちゃにしていて慾しかったのだ。加奈岸という字は以前開設していたホームページにアップロードする際、考えた。
しつこく書いた人物に水尾健司というのがいるが、しゃがむのが癖、というのは実はわたし自身のものである。実家に居た頃家庭内に喫煙者が居なかったので、換気扇の下で丸椅子の上にしゃがんで煙草を吸っていたので、いまだにその癖が抜けない。結構楽なのだが、ずっやっていると正座をするより足が痺れる。真似しない方がいいと思う。
よく噛まないと飲み込めない、と謂うのもわたし自身がそうなのだ。
ほかには「ナナシ」の木下亮二もしょっちゅう使い廻したが、特にモデルは居ない。音楽に詳しい訳ではないので、彼の好みの音楽はすべてわたしの趣味だ。自分が好きな事は一生飽きない性格にしたのもわたしそのままである。少食で甘いものが苦手、と謂うのもわたしがそうだからで……、そう謂うのばかりだ。
ただ、バンドというものがどういう風に活動をしているのかは傍から見るだけではよく判らないので、詳しい部分はくまさんにチェックしてもらった。なにしろ彼は若い頃バンドをやっており、実際小さいライブハウスで演奏していたので。
どうもわたしは背が高くて痩せた青年、というのが好きなようだ。くまさんはその正反対なのだが。
わたしから一番遠いキャラクターはケルマ君である。あれは自分で書いていても訳が判らなかった。このへんてこりんな名前はぼーっとしてる時に、ふと思い浮かんだ。これで日本人だったら面白い、と漢字をあれこれ選んで「蹴る馬」にした。
変な名前と謂えば、來河池美少女青年が居るが、あの名前は寝る前に思いついて、その辺紙っぺらに書き留めたのを面白がって漢字変換したものだ。水尾と違って徹底的に抵抗する、同じなのは外見とやる事のギャップが激しい、と謂うところだろうか。
兎に角、男の人格設定は「傍迷惑」と謂うのを基本とした。
普通の名前なのに読み方が違う、というのは、水尾(ミナオ)木島(キシマ)小島(コシマ)井崎(イサキ)などだ。岐阜県にはこういうひとが結構居る。濁らないのだ。
はじめに書き出したのは明良の話だったのだが、長くなり過ぎて手に負えなくなり、三分割にしてみたらなんとか仕上がった。どうも長い文章には向いていないようである。だいたいは保存する為に適当な題名をつけるのだが、後で変える事が多い。
三河弁のモヨリの話で出てくる水保などは勝手に湧いて出てきた。ぼうふらのように。バンドの事など詳しくないので「ナナシ」以外登場させるつもりはなかったのに、出てきてしまった以上バンド名を考えなければならなかったのだが、「グラスチュ−ブ」というのが自然に思い浮かんだ。
ミズホというのは、名古屋の瑞穂区からとった。字は「水保」に変えたが。彼の躁鬱病の症状は自分の体験を元に書いた。
女の子の説明をしなかったのは、殆どがわたしの好みで書いているからだ。主人公が好きになる娘はぜんぶわたしの理想像である。変な趣味かも知れない。
そして、世界で一番素敵な女の子は原田知世だと思っている。デビュー当時から死ぬ程好きで、家族からも変な趣味だと云われたが、そんなことは何うでもいい。好きだから。ほっといてください。原田知世が大好きなんです。世界の中心で愛を叫びます!(古くたっていい)何をしたって赦します。
 ……はあ。







41件〜50件(全551件)
/→  1 | 2 | 3 | | 5 | | 7 | 8 | 9 | 10
<RSS>


無料レンタル掲示板・日記・ブログ Progoo