ゆびぬき。
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ゆびぬき。

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2015/03/14(Sat) 00:29 日本のうた。山田エズミ  

子供の頃から音楽に親しんでいた。父親がクラシック音楽が好きで、勤め人の傍らクラシック・ギター教室なるものを開いていた。わたし自身、ピアノやギターを習ったりした。
が、どちらも長続きしなかった。
ピアノの方は、名古屋に住んで居る時の先生は良かったのだが、引っ越し先の教師が劣悪で、その厭味な教え方に音を上げて、ギターをやるから辞めさせてくれと頼み込んだ。
が、父は教師としては最低の人間であった。
ギターは好きだったが、それは父が弾く「禁じられた遊び」や「アルハンブラの思い出」であって、スケールや童謡ではない。
そう、父は自分でアレンジした(アレンジなどと謂う程ものではない)童謡を練習曲にしたのである。
一日30分スケール(ドレミファソラシドをひたすら一定のリズムで弾く)、課題の「童謡」を30分弾く。
飽きる。
「カラスの子」
みーみれみー、みれどれどー、ベン(親指で弾くベース音)、みれみれみみそー、べんべん。
面白い訳あらすか。
普通のギター練習曲はそこそこに弾き甲斐がある。それを教えんかい。
一年で辞めた。ど叱られた。
だが、童謡は好きだ。これで嫌ったら逆恨みと謂うものであろう。
然し、日本の童謡は陰湿で暗い。
「カナリヤ」などは、SMの世界である。 作詞は童謡を能く書いた西条八十。

歌を忘れたカナリヤは
うしろの山にすてましょか(棄てるのかよ)
いえいえそれは
なりませぬ(当たり前だ)
歌を忘れたカナリヤは
せどのこやぶにうめましょか(埋めるのかい)
いえいえそれは
なりませぬ
歌を忘れたカナリヤは
柳のむちでぶちましょか(おまえ、サディストだろ)
いえいえそれは
なりませぬ
歌を忘れたカナリヤは(転調)
ぞうげの船に銀のかい
月夜の海に浮かべれば
忘れた歌を思い出す(流石にな)

一番好きだったのは、北原白秋作詞の、「この道」。

この道はいつか来た道
ああ そうだよ
アカシヤの花が咲いている

あの丘はいつか見た丘
ああ そうだよ
ほら 白い時計台だよ

この道はいつか来た道
ああ そうだよ
おかあさまと馬車で行ったよ

あの雲はいつか見た雲
ああ そうだよ
さんざしの枝もたれてる 

これで「アカシア」という言葉が刷り込まれてしまったわたしは、西田佐知子の「アカシアの雨がやむ時」まで好きになってしまった。これも実に暗い。

アカシアの雨にうたれて
このまま死んでしまいたい(何があったんですか)
夜が明ける 日がのぼる
朝の光のその中で
冷たくなったわたしを見つけて
あの人は
涙を流してくれるでしょうか(いや、驚くと思います)

アカシアの雨に泣いてる
切ない胸は判るまい(判りません)
思い出のペンダント
白い真珠のこの肌で
淋しく今日もあたためてるのに
あの人は
冷たい瞳をして どこかへ消えた(そんな男の事は忘れなさい)

アカシアの雨がやむとき
青空さして鳩がとぶ(ロート製薬のコマーシャルですか)
むらさきの羽の色
それはベンチの片隅で
冷たくなったわたしのぬけがら(行き倒れたのですか)
あの人を
さがして遥かに 飛び立つ影よ(いい加減諦めましょう)


これを、結婚する前の連れ合いをマッサージする時に唄ったら、「なにその歌」と云われた。若干世代が違うので、知らなかったらしい。わたしが好む童謡も知らないものが多い。年下の者とつき合うのは少し難儀である。


 






2015/03/13(Fri) 16:46 料理。山田エズミ  

ひとり暮らしをはじめてから料理をする様になったのだが、それ以前は殆どしなかった。
結婚当初は目玉焼きとオムレツと厚焼き卵くらいしか出来なかった(何故卵料理ばかりなのだろうか)。だが、オムレツは箸で作るし、厚焼き卵は母親より巧く作れたのでそれほど悲惨ではない、と思う。
連れ合いが「出来立ての温かいものが喰いたい」と贅沢な事をぬかすので、仕事から帰って向こうが帰宅する時間を見計らって調理をはじめた。が、わたしが携帯電話を持っていなかった為、何時に帰るか連絡が出来ない。固定電話はあったのだが、仕事中に連絡するのは憚られたのだろう。
凡その時間で作りはじめるものだから、早過ぎる場合が多かった。煮物ならいいが、炒め物は水が出る。これは、温め直す際に水溶き片栗粉を入れて誤魔化した。誤魔化し様が無かったのが、スパゲッティであった。
麺を茹でても帰って来ない。それをその侭放置したら、蟯虫の様になった。腹が減っていたのか、新婚でまだ優しさの欠片があったのか、喰ってはくれた。
その後、二度の引っ越しをするのだが、いつの間にやら料理は連れ合いがする様になった。いつからだったか覚えていない。兎に角、最初のうちは、味噌汁の作り方すら知らなかった。
現在、料理をよくするのかと謂えば、しない。何故ならコンロが無いからである。調理はすべて電子レンジでする。こんな便利な機械は無い。
カレーもスパゲッティも焼きそばも作る。

<簡単、低カロリーなカレーの作り方>
用意するものは、カレー粉、ガラムマサラ、ハバネロ粉(辛いのが嫌いなひとは入れない方が良い)、コンソメ、好みの野菜。
@ひとり用の鍋にカップ2杯程度のお湯を入れ、カレー粉、ガラムマサラ、ハバネロ、コンソメを入れる。
A電子レンジで三分程加熱する。
B一口大に切った野菜を鍋に入れ、根菜類ならば五分、そうでないものは三分程加熱する。
以上。

市販のルーは脂肪分が高いのでカロリーも高くなるが、これは何うやっても高カロリーにはならないのでダイエットに向いている。どろっとさせたい場合は、小麦粉を入れる。ダマになり易いので、茶漉しなどでふるいをかけて入れると能い。入れた後、更によくかき混ぜる事をお勧めする。それでもまだとろみが足りない場合は、片栗粉を投入すればとろとろになる。然し、そうなるとカレーあんかけになってしまうが。


 






2015/03/11(Wed) 21:31 整理整頓。山田エズミ  

  部屋が汚い。
部屋が汚い事にかけてはオーソリティである連れ合いに、「随分散らかってるね」と云われてしまった。これでも片づけたのである。服も大量に処分したし……掃除はして居ないか。
2Kのアパートである。夢の島ハイツと同じ。あれを書いた時はまだ此処に引っ越す前だった。まさか自分がこんな襤褸アパートで暮らす羽目になるとは思いもしなかった。
何が散らばって居るのか見廻してみると、本。本が矢鱈とある。積んである。段ボールに詰め込んである。袋に詰め込んである。寝床に散らばって居る。
うーん、汚い。でも棄てるわけにはいかない。
何うしたものか。
家電製品は少ないと思う。
冷蔵庫、電子レンジ、ノートパソコン、DVDデッキ、モニター、壊れたプリンター、それくらいである。あとは、金魚の水槽か。これらは棄てられない。
服もすべて押し入れに収まっている。
収納する家具がないのがいけないのかもしれないが、そんなものを買う余裕も置く場所もない。
世間のひとは何うやって整理整頓しているのだろうか。取り敢えず、六畳一間くらいで暮らして居るひとで。
日常生活に必要なものは、何うしたって見た目が悪い。納戸があれば便所紙やら買い物袋などはそこに入れれば済む事だろうが、そんなものはない。押し入れもひとつしかない。箪笥もない。棚もない。
ごちゃごちゃした雑貨はスーパーマーケットから戴いてきた段ボールに詰め込んである。一応、見た目を気にしてスルメとか昆布とかの箱ではなく、輸入食品やコカコーラのものを選んではいる。後は、Amazonのものだ。
うーん、読み終わった本を連れ合いの家に持って行こうか……。
それも焼け石に水の様な気がする。
思い切ってベッドを買って、その下に収納ボックスを突っ込んでみるか。それが一番有効な手段の様な気がする。









2015/03/11(Wed) 00:50 はるよ、春世。山田エズミ  

 

 

 ぼくの同居人は秋出春世といった。「あきいではるよ」と読む。秋で春の世というのは、なんとも本人の捻くれた性格通りの名前だ、とつくづく思う。今はぼくと同じ沼里姓なのだが。

 言葉遣いは乱暴だけれども、面倒見のいいおひと好しの男で、可愛いかわいい彼女が居る二十三歳の青年である。身長161センチ、体重45キロ。ぼさぼさの長髪は自分で切っている所為である。因みに靴のサイズは24センチだ。

 はっきりいって、男としては小さい。が、態度はでかい。同い年なのだが、ぼくの方が数ヶ月前に生まれたことから、戸籍上は弟である。

 的確な説明をするのは難しいのだが、ぼくは沼里漣雅といって幼い時に父親が事故で死に、母はぼくを連れて実家へ戻った。が、その母もその数年後にやはり事故で亡くなった。何うにも不注意な親たちである。
そして、母方の祖父である沼里新造に引き取られた。だから、「お父さん」と呼んでいるが、沼里新造の孫なのである。ぼくの場合、直系なので後見人と謂う形にすればいいものを、祖父は何故か養子にした。そして、春世ははっきり云って、赤の他人である。

 ぼくの亡くなった母親の親友だった女性の息子で、そのひとが暴力的な亭主に愛想を尽かして人生を果無み彼を道連れに死のうと思ったのだが、よく考えてみれば子供には何の罪もない。

 そして、ぼくの死んだ母親に宛てて、

「この子には何の罪もありません。わたしが居なくなった後、施設で苦労をさせたくはありません。どうか、良きひとの養子にさせてやって下さい。ただ、今の家人の元には戻さないで下さい。我が侭なお願いですが、どうぞ哀れな女の最後の言葉を聞き入れて下さいませ」

 と謂う置き手紙を残して、そのひとは死んでしまった。

 そして、春世は小学校一年の時に祖父の家にやって来た訳だが、祖父はぼくと同じように彼も養子にした。養子を取るのが趣味だったのだろうか。この時、ぼくの母はまだ生きていたので、養子としては彼の方が先輩である。養子に先輩も後輩もないだろうが。

 沼里家に来た当初の春世は、ひとことも喋らず、食事も碌に摂らなかった。女の子の様な外見の所為もあって、物静かな性格なのだとばかり思っていた。が、それは大きな勘違いだった。

 母親を突然喪ったショックと見ず知らずの他人の家に引き取られた状況に慣れてくると、彼は徐々に本性を現した。何故かぼくだけに。だから、祖父も祖母も春世の事は、外見通り女の様におとなしく控えめな性格だといまだに思っている。

 ぼくとふたりで居る時の言動を知ったら、祖母など泡を吹いて倒れてしまうだろう。彼がぼくを蹴り飛ばして、「ざけんじゃねえ、この糞野郎が」などと怒鳴っている場面に遭遇しなかったのは、戸籍上の両親にとっては幸いだったのかも知れない。

 女の様な顔をした春世は、引っ込み思案なぼくと違ってひとから好かれ、友人も多かった。男も女も寄ってきたが、当人は粗暴な人間なので気に入らない者は情け容赦なく排斥した。泣かせた女の子は数限りない。殴った相手も山の様に居る。その内には、同性愛的感情を持って近寄ってきた男も居た。その人物がどんな目に遭ったのか、考えるだに恐ろしい。生きている事を願うばかりである。

 

   +

 

「彼女ぉ、ちょっといいかな」

 声を掛けられた人物は、相手をちらっと見て曖昧な、視るものに依っては意地の悪そうな微笑みを浮かべた。声を掛けた如何にも客引き関係の髪を染めた男は、その「意地の悪そうな」部分を感知しなかった。鈍いのか、厚顔無恥なのか、両方とも兼ね備えた馬鹿だったのかは知る由もない。

「ねえ、そんなに肌がきれいなんだから化粧しなくても今はいいかも知んないよ。でもさあ……、んー、彼女幾つ? ハタチくらい? 肌のお手入れはねえ、今、若い時にしないと駄目なんだよ」

 男はエステティック・サロンのマニュアル通りに捲し立てた。相手はにっこり笑って、黙ってそれを聞いて居た。男は無口な可愛らしい娘だと思い込み、図に乗って鞄からパンフレットや試供品などを取り出しあれこれ説明を始めた。

「ハルくーん。ごめんねえ、遅くなって」

 そのふたりに駆け寄ってきた女の子は、息を切らせ乍らキャッチ・セールスマンではない方の人物に声を掛けた。

「いいよ、この兄ちゃんで閑潰し出来たから」

 その声は、紛う方なく男の声であった。『彼』は、男の手から試供品だけ取りあげて駆け寄ってきた女の子に手渡した。

「なあに、これ」

「知らねえ。こいつがくれるってさ」

 ぽかんとしたまま突っ立っている勧誘の男を尻目に、ふたりは雑踏に消えていった。

 

「またやったんだ」

「他人聞きの悪い云い方すんなよ。向こうが勝手に寄ってくるんだから」

 先ほど女に間違えられた青年は彼女に邪気のない(ように見える)笑顔を向けた。

「髪の毛、切ったら?」

「やだね。生命力が衰える」

「何、馬鹿なこと云ってんの。そんな長い髪してるから勘違いされるんじゃない。強姦でもされたらどうすんの」

「下半身ずる剥けにされる前にどつき倒して逃げるよ」

 彼がかなり暴力的な人間であることを、彼女は改めて思い出した。自分にはすごく優しいのに、と不思議に思った。口が裂けても云わないが、「こんなに小柄なのに」とも同時に思っていた。

 彼女が彼と知り合ったのは、母親と離婚した父が実家まで追い出され、ひとり侘びしく暮らし始めたアパートの管理人をしていたからである。挨拶しに行った時に出てきたのは、背の高いおとなしそうな青年だった。

「ああ、304号室に入居なさった……、井上さんですね」書類を確認しながら青年は云った。「娘の未歩です」そう云いながら、こんな若いひとが管理人なのだろうか、と疑問に思った彼女だった。

 後に、背の高い青年と、もうひとりの(はじめは雑用のアルバイトだと思っていた)青年は、アパートの持ち主の息子だということが判った。その「もうひとり」を見た時、「管理人の子の彼女かな」と未歩は思った。が、二人の会話を聴くともなしに聞いていたら、誤解は解けた。

 背の高い方の青年は、「レンガ」といい、もうひとりの子は「ハル君」と呼ばれていた。ただ、会話なので、ふたりが声を発するのは当然のことである。どちらも男の声であった。彼女は、一瞬、背の高い青年が一人芝居をしているのかと思った。

 そんな珍妙なことがそうそうある訳もなく、答えは簡単。どちらも男だったのである。

 世間的にかなり駄目な父親のことを彼女は心配して、そのアパートをよく訪れるようになった。アパートにゆく度にそこの管理人に出会える訳はないのだが、娘に会えるのが余程嬉しいのか必要以上に饒舌になる父親から彼らの噂は放っておいても耳に入った。

「春世君はねえ、こまめに掃除もしてくれるし働き者だよ。背の高い子は漣雅って変わった名前でねえ、なんか、引っ込み思案なのかなあ。挨拶も会釈だけでね、すぐに部屋に引っ込んじゃうんだ。ふたりとも大学生くらいかなあ。大家さんの息子らしいんだけど、仲はいいみたいだねえ」

 と謂う話だった。

 一日中ぶらぶらしているだけあって、井上父の観察はほぼ的中していた。違うのはふたりとも実際は大家の養子で、漣雅の方は大家の孫、春世はまったく他人の子だった。この辺りは非常に複雑らしく、どちらに訊いても従兄弟か何かだと思っていれば間違いないから、と云っていた。春世は父が云う通りぶつくさ云い乍らもよく働いて居た。逆に漣雅青年は宵っ張りで朝が苦手らしく、午頃から働き出すそうだ。

 然し、働くといってもアパートの管理人と謂うのはそれほど仕事はないとのことだった。ただ、部屋を空けられないので、どちらかひとりは必ず残って居なければならない。未歩は、春世の様な人間が、よくそんな地道な仕事に従事していられるものだと思った。

「ハル君、いっその事化粧でもしたら」

「そんな事したら余計男が寄ってくるだろ」

「声出せば男だって判るじゃない」

「なら化粧なんかする必要ねえだろうが」

「化粧映えしそうだから。……ちょっとやってみていい?」

「やるって、何を」

「お化粧」

「やだよ」

 いいからいいから、と彼女は鞄から化粧道具を取り出した。乱暴な春世であるが、未歩には弱い。ので、おとなしくされるが侭になっていた。髪をピンでとめた段階で、もう女の子にしか見えなくなってしまった彼を見て、彼女は思わず笑ってしまった。

 端正な顔立ちをしているので、薄く化粧するだけで驚く程きれいになった。

「何よ、わたしよりきれいじゃない」

「まあ、そうなるだろうな」

「ひどい」

「おまえがやったんだろうが」

「鏡見てみる?」

「どれ。……はあ、どえれえ別嬪だな」

「自分で云うの」

「客観的な意見として」

「漣雅君、来ないかな」

「あいつにこんなざま見せられるか」

「いいじゃない、弟がこんな美人だって判ったらちゃんと朝起きて仕事手伝ってくれる様になるよ」

「どういう理屈だよ。別にあいつは仕事してない訳じゃねえよ。起きてからはちゃんと働いてるだろ。時間がずれてる方がこういう仕事の場合だと却って都合がいいんだよ」

「そうか」

 その時、扉を叩く音がした。

「ハル君、這入っていい?」

「だめー!」

 あたふたとしている春世の様子を見て、彼女は大笑いしてしまった。だめー、などと謂う言葉遣いも、なんだか可愛らしい。

「漣雅君、這入ってはいって」

「何が這入ってはいってだ。漣雅、扉開けたら命はないと思え」

「何してるの」

「やってる真っ最中だよ」

「嘘ばっか。漣雅君、いいから這入ってきて」

「馬鹿、何云ってんだよ。漣雅、這入ってきたら殺すぞ」

「未歩ちゃん、ほんとに這入っていいの」

「いいってば、早く早く」

「這入るよ。……ハル君、どうしたの、踞って。気分でも悪いの」

「悪い」

「どうしたの」

「顔見てあげて」

「やめろー」

「ハル君……。か、可愛いねえ」

「殺されたいのか、おまえ」

「可愛いでしょー。男にしとくのもったいないよね」

「ほんとだねえ。一度、性転換勧めたらとんでもない事云ったけど」

「なんて云ったの?」

「きん……」

「ハル君、何するのよ」

「かがみ込んでても攻撃力は鈍らないんだね」

「大丈夫? 漣雅君」

「平気だよ、慣れてるから」

「でも、すごい音がしたよ」

「ほんとに慣れてるから大丈夫。ハル君、そんな恥ずかしいなら化粧とって来なよ。顔見ないから」

「えー、もったいない」

「まあ、似合ってるから勿体ない様な気もするけど、ハル君、化粧しなくたって充分きれいだからねえ」

「きれいとか云うな」

「うーん……。可愛いねえ」

「あ、行っちゃった。……で、性転換勧めた時、なんて云ったの」

「てめえの金玉バーベキューにして猫に喰わすぞ、って」

「………」

「未歩ちゃんにそんな事は云わないから安心して」

「そりゃ云わないだろうけど……。そんなものついてないし」

「そういうことじゃないけどね」

「化粧落しとかあるの?」

「男しか居ないのにそんなものあるわけないじゃん」

「他はある程度落ちると思うけど、マスカラは石鹸だけじゃ落ちないよ」

「マスカラって?」

「睫毛を濃く、長くするやつ」

「ああ、それでつけ睫毛つけたみたいになってたのか。まあ、もともと睫毛は長いんだからたいした違いはないんじゃないの」

「あれつけるだけでもだいぶ違ってくるよ」

「あ、ハル君。元に戻ったじゃない。……なんで寝室に行っちゃうの」

「ハル君、拗ねないでよー。わたしの前では平気だったのに、なんで漣雅君に見られただけでそんなに厭がるの」

「こいつに弱みを握られるなんて悪魔にカマ掘られるよりも最悪だ」

「どんな比較の仕方だよ。弱み握ったなんて思ってないよ、ハル君はなんにもしなくても女の子みたいなんだから」

「ちょっと、ハル君。飛び蹴り喰らわす事ないでしょ」

「殺さないだけでも難有く思え」

「漣雅君が化粧した訳じゃないでしょ。そんな酷い事するならわたしもう帰る」

「帰ればいいだろ」

「ハル君、そんな冷たい事云ったら未歩ちゃんが可哀想じゃないか」

「うるせえ」

「じゃあ、わたし帰るね」

「未歩ちゃん、待ってよ」

「漣雅、ついでにおまえも出てけ」

「……判ったよ。未歩ちゃん、一緒に行こう」

 玄関迄行って、外へ出掛かった漣雅を蹴り出し、春世は未歩の腕を掴んで部屋に戻した。

「ちょっと、なんて事するの。漣雅君可哀想じゃない」

「おれの事、嫌いになった?」

「ならないけど、呆れた」

「おまえのやる事、黙って受け入れてたんだから赦せよ」

「うーん、じゃあ、化粧して一緒に出掛けて」

「あほか」

「ナンパしてくる男、騙したら気が晴れるよ」

「……それは面白いかも知れない」

 ふたりは夕暮れの町へ連れ立って出掛けた。犠牲者が出たかどうかは語らないでおこう。


これは、「電子会話」「のんびりゆこうよ」の沼里漣雅の義弟、秋出春世の話である。やはり阿呆らしいので此方に載せることにした。


 

 







2015/03/11(Wed) 00:20 回文の恋。山田エズミ  

 真紀子が彼に出遭ったのは、去年の秋頃開催された学園祭の時だった。出遭ったといっても、ステージに立っている姿を見ただけである。プロを呼ぶ予算がないので、軽音部主催に依る、軽音部員演奏のものである。それなりには盛り上がっていた様だった。

 彼女は所謂『帰宅部』と謂うやつで、本人曰く「だって、早く帰りたいじゃん、興味あるのないしさあ」……と謂う事だった。

 特に彼女が無気力な少女だった訳ではない。そう謂う娘は多く存在したし、その真逆をゆく様な少女たちも亦、確実に存在していた。その証拠に、放課後になると、運動場や体育館(兼講堂)から明らかに女子の声と思われる、「そっち、廻ってー、早くはやく!」「やる気あんの、あんたらー」「こっちパスパス」等々の声が漏れ聞こえてくる。

 渡り廊下の簀の子の辺りに居ると、「もれ」どころではない。元気溌剌、釣りたての魚のようにぴちぴちして若さが弾けまくっている。

 小牧真紀子らのような少女たちが、そう謂った時間に何をしていたかと云うと、「だらだらお買い物(見るだけの事が多い)」「安い外資系の喫茶店で、カフェ・ラテ一杯でお喋り」そんなものだろうか。

 バリバリの受験校ではないが、阿呆では這入れない。かと謂って、他人に自慢出来る程の処でもない――と、彼女は思っていた。

 友人は多くはないが、それなりに居た。心を割って話せる者も、その中にひとり居た。

 しかし、彼女は半年間、ある思いを胸に秘めていた。乙女だから。

 そう、女学生は皆乙女なのだ。仲間はずれにされていても、便所に這入っていたら汚水を浴びせられる様な苛められっ子でも、バリバリのおねーちゃんでも、ギャルでも援交してても、心は乙女なのである。

 乙女と謂うのは、王子様を待つお姫様の心。求婚者を袖にするかぐや姫。挑戦者の勝利でしか目覚めない茨に囲まれた眠り姫。若者を惑わす乙姫天女――まさに、男はつらいよ、の世界である。夢の中に生きる者と、慾望に喘ぐ青年との間の架け橋を繋ぐのは、この時点では「やさしさ」か「見た目」しかない。

 要するに、ディズニーランドと、○○秘宝館の違いである。どちらもファンタジーである事には違いないのだが。

 真紀子はそんなに夢見る乙女ではなかった。ステージに立っていた『彼』は、実際の処、或る意味、夢の世界の人物だったかも知れないが、正確に記すと、阿呆の世界の住人であった。

 音楽馬鹿、とかそう謂う意味ではない――音楽馬鹿ではあるのだが。かなり浮世離れしており、普通の女では制御出来ないような、真性「バカ」だったのである。

 だが、見た目は痩せて背も高く、苦悩するラスコーリニコフのようであった。が、彼は苦悩とはほど遠い次元に居た。反抗期も迎えなければ悩んだ事もないと謂う、折り紙つきの太平楽だったのである。

 彼の名前は木下亮二といったのだが、そんな事はこの際関係ない。彼も、大学に進学して半年も経たないうちに彼女の名前を忘れてしまったのだから。

 

 

 おなじがくねん。

 けいおんぶ(音楽倶楽部という正式名称では誰も呼ばない)。

 やせてせがたかかった。

 ぎたーをひいていた。

 うたをうたっていた。

 制服ノママデ。

 

 ジャケットは脱いでいたし、ネクタイも外していたが、明白地に制服だった。彼は必要以上に服装に構わない人間だったのである。私服は無地のTシャツかシャツにジーンズ。一年中、というか、生涯その身装だった。改まった場ではそれなりの服装をしていたし、会社に出勤する時はスーツを着た。が、祖父の葬式には制服ではなく、黒いTシャツに黒いジーンズと謂う姿で列席した。

 

 それが高校はじめての学園祭だった。

 彼女は暗いし五月蝿いし、なんだかへんなの、と思っていたら、明らかに他校の生徒と思われる人間も多く混じっていて、しかも彼らの番になるとひとを掻き分けて迄前の方へ行った――結構知られてるんだ。そう思って、彼女は少し面白くなかった。ステージの上に居るのはうちの学校の子たちなのに……。

 それは、彼女の心にちいさく芽生えた独占慾だった。

 独り占めにしたい――という乙女心からは遠く離れたところに居るような男だったのだが。高校生男子を『おとこ』と呼ぶのならば。どちらかと謂うと、高校生男子は、『けもの』に近い。

 が、木下亮二は、そのどちらにも当て嵌まらなかった。

 単なる『音楽馬鹿』だったのである(音楽を抜くと、馬鹿ですらなかった)。

 女を引っ掛ける為に、或いは他人目を惹く為にバンドを始める者は多いが、彼は幼い頃から、それこそ生まれた時から音楽(それもジャズ)に浸かって育ち、若干変わり者とされる両親と、かなり変わった祖父の薫陶を受けて、まかり間違う事のない変人に育っていたのである。軌道修正する者は居なかった。

 或る意味、気の毒な青年とも云える。

 彼に性慾がなかったかと謂えば、普通にあったかも知れない。が、それを音楽のパワーが埋め尽くしてしまっていた。

 これは、はっきり云って気の毒な話である。本人に、ではなく、周囲の、彼に思いを寄せる女の子にとって――そう、彼は、はっきりいってもてていたのである。その事に気づかなかった本人には気の毒な話だが、この後に運命の(?)女性に出会うのだからうっちゃっておけばいい。

 気づかない方が馬鹿なのである。

 最悪の『気の毒な女の子』になった小牧真紀子は、そんな事など思いも寄らずに恋に邁進していった。

「去年の学祭のステージに出てたよね」

 あれこれ考えた末の言葉を彼に投げかけてみた。「リョウ」と呼ばれる青年(少年?)は彼女の方を目を眇めて見遣った(近眼だったのである)。もともと、あまり優しげな面構えではない。ぎすぎすに痩せて、神経質そうな感じであった。真紀子は少なからず、声を掛けた事を後悔した。が、彼はすぐに穏やかな顔(と謂うよりも、宝物を見つけた子供のような表情)をして、「見てたの?」と笑った。

「部外者が多かったし、おれたち評判悪かったんだけどなあ」顎に手をついてぼんやりそう云った後、なんで今更そんな古い話を持ち出すの、と訊ねてきた。

 もうじき五月になろうかと謂う時期に、去年の学園祭の話をするのは、慥かに間の抜けた話である。

「あ、なんか噂を聞いて」

「どんな?」

 変人とか――ではなく、彼女は彼の噂など耳にした事はなかった。実を云えば。

「ええと、変わった音楽やってる……、とか」

 ふーん、と彼は云って、彼女の顔をじっと視つめた。気になったからではなく、ただ単に目が悪かったからである。

「変わってるかなあ。んー、あんた、どんな音楽聴くの」

「普通に、流行ってるの……、かな」

 彼女は、彼のフィールドで話し掛けてしまった事をこの時ばかりは後悔した。

「んー……。今流行ってるのって、どんなの」

「聴かないの?」

「うん」

 このひとは、もの凄く、へんだ。

 と、この時点で、やっと彼女は気づいた。遅すぎたのだが。

「えーと……」

 言葉に詰まってしまった彼女を眺めて、彼はにーっと意地の悪い笑みを浮かべた。

「興味ない事、詳しく云わない方がいいよー」

 性格が悪い事、山の如し。である。

「あんたは何が好きなの。ほんとは」

「ええと、服とか……、雑貨とか……」

「雑貨……」

 彼はそう呟いて、「それは、がらくたの事?」と、とんでもない発言をした。慥かに意味合い的には合っているのだが、女の子が雑貨と云う場合は、少なくとも彼が想像している「ガラクタ」ではない。

「が、ガラクタって、何?」

 そう、言葉すら通じなかったのである。

「んー、ゴミみたいなもんかな」

 そんな物が好きな女の子が何処の世界に居ると謂うのだろうか。しかし、妙に想像力が豊かな彼の頭の中では、目の前の少女がゴミ捨て場を徘徊している様子がありありと浮かんでいた。馬鹿も大概にしろ、と誰かが教えるべきなのだが、それをはっきり云うのは、バンドのベーシストである牧田俊介だけであった。亮二が彼の言葉をまともに受け取らなかったのは、云われた方も云った側を馬鹿にしていたからである。目糞鼻糞の世界だったのだが。

 それを傍観する立場にあったドラムの江木澤閎介だけが冷静でまともな判断を下す人物だったが、まともなだけあって口を挟んだりしなかった。しかし、この中で比較的まとも、と謂うだけで、こんな馬鹿者ふたりと不惑を超えても尚、バンド活動をサラリーマンの傍ら続けている彼も、かなりのたわけ者ではあった。

 

   +

 

 しかし、学生時代の心持ちの不思議と謂うものがある。不思議でもなんでもなく、単に世間が狭いだけなのだが。

 で、ふたりは何となく、つき合うようになった。おつきあい、と謂っても、亮二は放課後になるとバンドのメンバーとともに東地区の方へ路上ライブに行ってしまうので、彼らが一緒に居るのは構内だけだった。

 ふたりがこの年頃らしい「おつきあい」が出来るのは、雨が降った日だけであった。何故ならば、天候が悪いと路上ライブが出来ないからである。亮二は、女性の為に予定を変更するような気配りの出来る人間ではなかった。この後、何十年、変わらずに。

 真紀子は、早く梅雨にならないかなあ、と可愛らしい悩み事を胸に秘めていたりした。

 五月に声を掛けたので、それからほどなく梅雨の季節になった。

「リョウ君、今日は東地区に行かないよね」

「行かないけど、なんで」

 なんでも屁ったくれもあるか、馬鹿。そう云いたいのを堪えて、彼女は、

「放課後閑だよね」と、続けた。

「うん」

「どっか行く?」

「行かない」

 ひっぱたかれても、文句は云えない。

「……わたしと、何処か行かない?」

「なんで」

 絶句するのも無理はない。

 くだくだしいやりとりは端折ってしまうが、彼女は取り敢えず、彼を自宅のアパートへ連れて行く事に何とか成功した。いい加減、彼の性格が判ってきた彼女は、親が留守の時にアパートの部屋に呼んだところで、態度が豹変する事はないと踏んでいたのである。少女は割と計算高いのだ。

 彼女の読みは合っていた。

 木下亮二と謂う青年は、実際、まったくもって裏表のない人間なので、「お父さんもお母さんも仕事で居ないから」と謂う言葉を聞いて、

「んじゃあ、気が楽でいいな」と云ったのだが、言外の気持ちはまったくなかった。ケモノではなかったのだろうが、この場合、男でもなかったと云っても過言ではない。

 亮二もそうなのだが、真紀子も亦兄弟はなく、彼と違う処は、アパート住まいで両親が共稼ぎであった事である。これは、彼のバンドのドラマー、江木澤も同じである。所謂、典型的な核家族なのであった。

 着替えるから、と彼女が自室にひとりで這入ってしまっても、亮二はその扉に凭れて呑気にギターを弾いていた。こう謂う人間をその気にさせるには、目の前でストリップでもするしかないのかも知れない。しかし、お捻りを投げて寄越すかも知れないので、それも考えものである。

 もういいよ、と謂われて部屋に通されて、「かくれんぼじゃねえんだから……」とぼやいた辺りは、やはり男であると謂う事だろうか。

 彼が女の子の部屋に這入るのは、従姉妹の部屋を除けばはじめてだった。きょろきょろと見廻していたら、「あんまり見ないでよー」と、ストップが云い渡された。

「なんでよ。あ、さてはひと様に見せられないようなもんを隠しているな」

「そんな物隠してないってば」

「ふーん。なんか、ぴらぴらした装飾で、気色悪りい部屋だなあ」

「え、そう?」

「うーん、女の部屋って、こう謂うもんなのかなあ」

 と、云いつつ、カーテンをめくったり、ベッド・カバーをめくったり、ナニやらあれこれめくっていた亮二であった。真紀子がジーパンを穿いておらず、スカートだったら、それもめくっていたかも知れない。

「リョウくんの家はどんな感じなの」

「んー。なんか、家の見た目はアメリカ風だけど、中身は東南アジアみたいかなあ。かーちゃんがそう謂うの好きでさあ、家中くせえんだよ」

 くせえ、と謂うのは、恐らく香の匂いだろう。

「アメリカ風って、カッコいいね」

「そうかあ? 周りから浮いてて目立つよ。馬鹿みてえ」

 彼女が見てみたいな、と呟くと、

「見るのは構わねえけど、おれの部屋、足の踏み場もないよ」と、彼は云った。誇張ではなく、事実である。男友達でも怯むほどの散らかり様だった。牧田は、「ゴミ捨て場の方が袋に入っているだけきれいだ」という名言を放った。

 何度か彼女の家を訪れ、部屋の前で待たされるのにも飽きてきた彼は、お許しが出る前に内へ這入った。着替えの途中だった彼女は、「なんで這入ってくんのよ」と、声を上げた。亮二は、退屈だったから、と正直に答えた。

 真紀子の日焼けしていない白い肌を見て、さすがの野暮天にも火がついたらしい。彼女の腕をとって、引き寄せた。が、心の準備がまったく出来ていなかった彼女は、その手を振り払って逃げてしまった。逃げれば負うのが動物の本能である。狭い部屋の内を追いつ追われつ、子供らしく巫山戯廻って、ふたりしてベッドに倒れ込んだ。

 とまあ、ふたりの初体験はこんなきっかけだったのだが、このすぐ後、梅雨が明けてしまった。

 亮二は矢鱈ひとに触りまくる癖があったが、女とつき合い出してから判明したのがキス魔であると謂う事だった。流石に欧米人ではないのでひと前ではしないが、ひと目がなければする。しまくる。大学に入学してはじめてライブハウスのステージを踏んだ際に知り合った小高清世と一緒に暮らし出してからは、出掛ける前、帰った時には必ずした。彼女の友人に目撃された事もある。台所の窓が開いていたのだ。

 露出狂か。

 見られていた事に気づいた彼は、「てめえら出歯亀か」と云ったが、自分が悪いのだ。真紀子にもそうだったかというと、そうではなかった。まだ目覚めていなかったのだろうか。まあ、ふたりが会うのは学校と雨の日の放課後だけだったので、そう謂った本能が顔を出す間が少な過ぎたのかも知れない。

 三年になり、交際は続いていたが、夏休みが終わり、秋になると本格的に受験勉強に追われる様になった。亮二は進学する気などなかったのだが、成績が悪くなかったので教師と親が大学は行っておいて損はないと説得した。真紀子は短大へ進むつもりで居た。ふたりで勉強する時もあったが、だんだん恋人同士と謂うよりは単なる友達の関係になっていった。

 そして卒業式の日、彼とのつき合いを諦めた真紀子は、もう会わない事にする。だからあたしの番号、携帯から消して、と云った。それに対して亮二は、なんか青春してるなあ、とたわけた事をぬかした。

 流石に真紀子は呆れ果て、二度と彼に接触する事はなかった。



これは、亮二の高校時代の彼女、コマキマキコに関する文章である。「回文」と謂うのは、「いつもどおりに」で江木澤が彼女の名前について語ったことに因む。あまりにも阿呆らしい内容なので、此方へ載せることにした。


 

 







2015/03/09(Mon) 03:05 リズム。山田エズミ  

土日と、連れ合いにベースを教えてもらった。
今、何故かブルースに凝っているので、「コミック雑誌なんかいらない」にあわせて弾いたのだが、弦が一本だけのギターで(そう謂う特殊なギターではなく、他の弦は取り除かれていたのだ)、3コードを繰り返すだけ。 それでもとちるので、楽譜にしてもらった。DとかEとか云われても、クラシックの知識しかないので判らないのだ。
コードと謂っても、ベースなので単音である。ピックが使えないので、指弾き。サムピックを使わせてもらったが、指の方が弾き易い。クラシックギターを少し齧っていたからだろう。
ずっと前にも習ったのだが、その頃よりは正確にリズムが刻める様になった。ボンゴを叩いているからだろうか。
それにしても、ベースは地味な楽器である。が、何故かわたしはリズム楽器が好きなのである。









2015/03/07(Sat) 15:14 人物設定。山田エズミ  

 話を考える時、登場人物の背景も細かく設定する。文字に書かなくても、頭の中で色々捏ね廻したり、時には漫画に書いたりもする(滅多にしないが)。そう謂う時が一番愉しい。

 まだ未分化の物語を肉づけするのは、役者たちである。

 はじめに言葉ありき、ではなく、人物が先に立つ。脇役は兎も角、中心になるキャラクターは、わたしの人格を色濃く反映している。経験する事も感じる事も、言動もわたし自身のものだ。経験していない事を書く場合の方が多いが、そこは想像力で補う。

 わたしの分身とも云える亮二の話は一番書き易い。書き易い人物の話は色々と遊べる。よく書く人物がより自分に近い訳だが、そうするとやはり亮二が一番わたしに近い事になる。次は水尾だろうか。亮二は分身だが、彼は何になるのだろう。わたしをその侭引き写した訳ではないのだが、近い事は近い。

 水尾は裕福な家庭に産まれたのだが、父親の暴力で自分でも気がつかないうちに精神を損ねてしまっていた。裕福な家庭、と謂うのが何うにも描けない。明良の時は裕福どころではないので脳味噌を絞り上げてなんとか書いた。水尾の場合は、裕福どころか一般的な水準よりかなり低い状態で過ごさせた。夢の島ハイツの住人たちの生活はまったくの想像だが、出版社のひとに自分の学生時代を懐かしく思い出した、と云われた。

 わたしは大学どころか高校も出ていないのだが。

 明良はかなり違うが、判り易い性格をしている。亮二が分身なら、彼はわたしの子供だ。それにしては酷い目に遭わせてしまったが。明良の青春三部作は、実はひとつの話だった。長い話が書けなかったので三分割した。

 「ゆく先すら見えずに前へ進む」は、ホームページに書いた時は「船の唄」という題だった。これはニック・ケイヴの曲から戴いた。が、適当につけたので現在の題名に変更した。これはひとつの話だった時のイントロに当たる部分で、三つの中では取り立てて大きな事件は出てこない。「亡き王女のために」は、三作中もっとも暴力的な内容になった。「白い煙」が、明良の話を考えた時の元のタイトルで、この為に前の二作の出来事がある。十五歳で旧市へゆき、十六歳ではじめて男である自分を見つめ、十七で最初で最後の恋に落ちる。

 この恋物語を古典的な迄に類型的で平凡にしたのは、彼にそうした陳腐とも云える恋愛をして慾しかったからである。設定の段階から、明良は短命である事になっていた。性的にも不能である。アルビノで、体が弱く、それを補う様に綺羅綺羅しい美貌を与えた。それが却って悲劇を強調する結果となった(此処では彼の容姿についてはあまり触れなかったが)。

 恋人が死んだ後の話では、明良の独白形式のものはない。抜け殻となってしまった人間は、自らを語りはしないからだ。彼の人生は十八にならずに終わったのである。

 主人公の周囲に配置する人物も、その背景をちゃんと考える。明良の義兄であるカナギシは、実は一番古いキャラクターである。それが分裂して兄と弟になった。三つのバンドのそれぞれ中心となる人物は、亮二、水保、玲二だが、その周囲の人間の話も枝葉として切り捨てずに物語にした。が、牧田と長海秀一の話はなかなか膨らまなかった。長海に関しては、「くるりくるりと」で一応取り上げてやったので、後は牧田である。

 が、彼はちらちらと出てくる分には面白く書けるのだが、出ずっぱりするとなるとまったく話が浮かんでこない。何う捻っても出てこない。何故だ。

 あまりにも気の毒なので、彼をメインにした話をなんとか捻りだした。「痛い魚たち」の小杉瑛子と見合いをさせてみたのだ。何もあんな跳ねっ返りと組み合わせなくても……、と謂う感じだが、書いてみたら結構しっくりいった。とはいっても、書き上げるのに四年の年月を要した。

 ふたりは結婚には至らなかった。彼は生涯独身と謂う設定にしてあるので(そんなものは幾らでも変更出来るのだが)、成就させるわけにはいかない。江木澤は三十前に結婚し、ふたりの子供が居る。亮二ですら清世と入籍した。牧田だけがひとり。「夜明けのスキャット」が聴こえてきそうだ。

 牧田は女にはもてる。が、長続きしない。棠野もそうだったのだが(ベーシストの宿命か?)、三十を目前にして猛烈に慕ってくる九つ下の女性が現れた。牧田にそう謂う巡り会いはなかった。軽薄過ぎるのか?

 これでは可哀想なので、亮二が定年退職した後の話にかなり重要な役割で登場させる事にした。それはまだ書いている最中である。彼もやっと日の目を見る時が来たのだが、何うしても主役にはならない。瑛子との話でも、どちらかと謂うと彼女の視点に重きを置いて書いた。牧田の性格は書き易いのだが、物語を引っ張る力がないのである。これは何う仕様もならない。

 牽引力のある人格と謂うのは、書き始めてからでないと判らない。設定の段階で面白いと思っても、物語の中に投げ込んでみるとちっとも動き出さない場合もある。不思議なものである。

 これまで書いたものは大雑把に分けると、主人公が荒っぽいのとおとなしいのになる。荒っぽいのは明良や亮二で、水尾は言葉は荒っぽいがガンジーも平伏する様な無抵抗主義者である。明良も捻くれてはいるが実は非常に穏やかで我慢強い性格である。と謂うことは、荒っぽいのは亮二だけになる。おとなしい人間の代表は江木澤と樹玖尾君か。

 樹玖尾君は誰から見ても必要以上におとなしいので、普通は何事も起こらない人生を歩みそうだが、女とつき合った事もないのに子持ちの女性と結婚する事にしてしまった。一要も小島孝次との絡みでは異様な印象を残すのだが(読んだひとに恐い話だと云われた)、実はおとなしい人間である。女性が絡んだ話になると、殆どの人物が若干おとなしめになるのは何故だろうか。

 これは書き易さの為に選択しているのだが、一人称を「おれ」にするか「ぼく」にするかで人格が捉え易くなる。「おれ」と云い乍ら精神的に不安定で涙もろい水保英太は書き易かった。彼の話は同じエピソードを三人の立場から書き分ける、と謂うちょっと変わったやり方で三つの話を作った。「ぼく」と云って乱暴な性格の人物は今のところ書いていない。

 何故牧田に物語を引っ張る力がないのか、能く考えてみたのだが、判らない。人格的には書き易そうである。だが、深みがないのは否めない。嫌いなタイプではない。軽薄ではあるが、思い遣りがない訳ではないし、割と優しい方である。ナナシのエピソードのはじめの方ではあまり活躍しなかったが、作を重ねるに従って出番も増えていった。が、三人が登場するとなると、江木澤の方が細かく書けるのである。おとなしい上にどちらかと謂うと没個性なのに。

 極端な人格だと書き易くはなる。玲二なんかがいい例である。が、棠野の話も同じくらい書いた。彼はごく普通の人間である。際立った個性はない。the cageの内で一番凡庸といってもいい。彼らを書き出した頃は車折が一番冷遇されていたが、彼はある意味玲二と同じくらい個性的であった。

 牧田も凡庸過ぎるのかも知れない。今気づいたのだが、キャラクター的に亮二とかぶっている部分があるから余計に影が薄くなっているのだろうか。バンドの三人の内だとその個性が埋没してしまうのかも知れない。亮二と切り離せば自由に動き出すのだろうか。しかし、彼も江木澤も今更亮二と無関係にする事は出来ない。亮二は牽引力がありすぎるのだ。

 書いている側を引き摺り廻す程の力があるのは、亮二以外だと、やはり幾つも話が湧いてきて、人格を与えてから十年以上経っても尚かつまだ此方を離さない魅力を持つ人物。それは、明良であり、水尾であり、玲二や棠野である。明良はメインになる話より、ひとの思い出の中でちらりと触れられる事の方が多い。亮二もひとの話によく顔を出す。面白いのは、亮二の他人から捉えた印象と本人との落差である。他人から見た亮二は大抵神格化されていると云ってもいいくらい理想的な人物になっている。まあ、語り手が彼に憧れている場合が多いから仕方がないのだが。書いている此方が恥ずかしくなるので、没にしたものもある。何故なら、亮二はわたしだからだ。そう謂う話だと、自分を褒めちぎっている様で照れくさくなるのである。

 水尾もやはり本人からの視点と他人からの視点ではだいぶ印象が違う。水尾本人は、ものに拘らない性格をしているので見かけの様に暗くはない。だが、周囲から見た場合、何うしてもその容姿の印象から抜け出す事が出来ず、放心している状態迄「痛々しい」と思われてしまう。だが、亮二程ではないが、結構呑気な性格をしているので、何事も受け流してしまうのだ。父親の暴力も、アキの女攻めも、自分の死ですらも。

 玲二は自分を確乎り把握していないので、一人称の話は書き辛い。起こった出来事に対する反応が薄いので物語が広がらないのである。で、それを語る役目として棠野が登板する訳だ。彼は玲二の語り部なのである。個性が強くないのでそう謂う役廻りに恰度いい。江木澤がそうだった。では、長海は何うなのか。

 彼にそう謂う役を振ろうと思った事はない。独り立ち出来る個性もなければ、脇に廻って盛り上げる事も出来ない。或る意味、牧田よりも扱い難い人物である。そもそも、彼の姿が思い浮かばない。牧田は、ナナシのメンバーは全員見た目がいいと謂うライブ・アンケートがあるので、容姿は思い浮かぶ。三人の中では一番親しみ易く、明るく剽軽な人物なので、顔立ちも女好きのする系統である。

 亮二は作中でしつこい程描写されているが、ぱっと見は冷酷そうで苦悩するラスコーリニコフの様な美青年である。自分の分身を美青年にするとは随分恥知らずな人間に思われそうだが、自分が好ましいと思えなければ愛着は湧かない。ただ、わたしはバタ臭い顔が嫌いなので、彼は実に日本的な顔立ちをしている。誰に近いかと云われると、答えられないのだが。

 基本的に劇画に出て来る様な、きりりとした太い眉毛、と謂うのが苦手で、眉毛などなんだったらなくてもいいとすら思っている。実際、自分でも剃り落した事がある。周囲には不評だったが、わたし自身は結構気に入っていた。だからといって、ヤンキーや水商売のひとの様な剃り込んだ眉は嫌いである。

 西洋人の様な顔をしているのは、文中でも出てくるが明良である。裏町で拾って来た「カナ」が、混血児なのかと訊くくだりがある。まあ、彼は髪は白いし瞳は薄い灰青色なので、そう思ったのかも知れない。

 誰が見ても美しいと思える、と謂う玲二は、西洋人の様な顔をしている訳ではないが、人形の様な顔立ちである。しかも男か女か判らない。「ハンサムと謂うよりは美人」と迄云われている。どんな顔だか想像もつかない。横溝正史書くところの「真珠郎」か「変化獅子」の幻之丞といったところか。現実には居ない様な気がするが、イギリスのアイドルバンド、パナッシュのポール・ハンプシャーなどは有り得ない程美しかった。

 水尾は、皆に不気味だ妖怪だ、と云われていたが、「よく見ると整った顔立ちだ」とも云われている。美青年と思う人間も居た。アキが寄越した素っ頓狂な菊代は、「暗黒の王子様」と云った。彼女が水尾の容姿を、「ほっそりしてて目がぱっちりしてて色も白い」と云っている。水尾はそれに対し、「がりがりに痩せててぎょろっとした気持ち悪い目で死人みたいに青白い」と訂正したが。その前に菊代は、睫毛が長いからと、ビューラーでカールしようとしている。彼女は、「指だって白くて細くて長くてピアニストみたい」と、兎に角絶賛するのだ。「ショーコさん」も白くて細くて長い、繊細な芸術家の様な指だと感じて、その指が忘れられず、アキの要望に応えて水尾の許に繰り返しやってくる事になる。

 何れだけきれいな指なのだ。指だけでイカす男と謂うやつか?

 きれいな男ばかりを書いている訳ではない。尾長源一郎は職場の女性に「白ブタ」と呼ばれている。棠野も車折も地味な顔で、バンドをやっていると云わなければそこら辺のあんちゃんと変わりがない。ただ、想像するのに限界を超した不細工は辛いものがあるので、好ましい姿になってしまうのは否めない。だから太った男は殆ど出てこない。例外は源一郎と「花のような君のために」の語り手くらいである。

 太った男が嫌いなのだ。

 女の子は完全に好みで書いているので、あまり変なのは登場しないのだが、前述の菊代などは相当な変人である。流石の水尾も彼女には苛々して声を荒げた。彼の周囲にはちょっとずれた娘ばかり配置したので気の毒ではある。アキは水尾の事を本当に好いていたのだが、やる事なす事がそうとは思われないので誤解されたまま別れる事になってしまった。相思相愛になったエミも、世間知らずで童女の様だった。だが、女に振り廻されてもそれを覆い尽くす程の包容力が彼にはあったのである。

 明良の養女であるカナも、一要から「純粋過ぎてなんかの妖精みたい」と云われている。亮二の恋人であり、後に妻となった清世も、世間擦れしておらず、ひたすら彼の事を思い続ける健気な娘として描いた。周囲からは奇特な人間だと思われていたが。玲二の妻となった茉有美も、彼の容姿を一顧だにせず、ただただ自分の恋人の健康だけを気遣っていた。水尾が唯一信頼していたショーコさんも大人の感性で彼を見守った。が、水尾が死んだショックで気がふれて浮浪者になってしまう。

 どうも、女性は思い込みの激しい人物が多い。

 小杉瑛子も男性を嫌悪するあまり、自分は男が苦手だと思い込んで居た。それを仮性男性嫌悪症だと見抜いた牧田が、本気のゲイのひとと会わせて目を覚まさせた。瑛子の同居人である一子も男が苦手だったが、隣に住む青年に心惹かれ、自然にその嫌悪感が薄らいでいった。棠野に一途な思いをぶつけた後藤秋子も、彼の何処が良かったのかひたすら気持ちを示してとうとう白旗を揚げさせた。「どこかへいこう」の主人公の隣に住むミキは、その幼い愛情で兄としか接してくれない相手を永遠のものにする為に、わずか十二歳で自ら死を選んだ。その青年に思いを寄せた「貞子」は、その押しつけがましい愛情故に恋する相手に殺されてしまう。

 斯う謂った女の子は、男性に「重い存在」と敬遠される。話の中ではその気持ちをぶつけられた者たちは戸惑いながらも受け入れてゆくのだが、現実はなかなかそうはいかない。特に、日本の社会の若者はそれほど成熟してはいない。

 若者の話が多いのだが、ひとり、若いどころか老年の人物が居る。

 それは亮二の祖父の中島宗次郎である。彼が最初に登場した話、「妖怪仙人」では、亮二の祖父であるとははっきり書いていない。「孫の手」で幼い亮二が出てきてやっとその関係が判るのだが、その後二作を経て、年も年だったので「通夜」という作品では、既に葬式である。「休日」で亮二の母が彼と自分の父の相似性を清世に語るのだが、亮二は若いだけにあそこまで変わり者にはなっていない。

 現在、六十五歳の亮二を書いているが、若い頃とまったく変わらない。元々若さはち切れる人格ではなかったので、変えようがなかったのである。それに、性格と謂うものはそうそう変わるものではない。

 わたしも年をとったので、若者より同年代の人間を書く様になった。相変わらず主体となるのは男だが、その方が書き易いのだ。わたし自身にべたべたした女性的な感情があまりないからだろう。以前、わたしが書いたものをよく読んでくれた娘が、女のひとが書いたとは思えないと云ったが、わたしてしては殊更男らしい気持ちになって書いている訳ではない。自然に出て来る感情をその侭書き写しているだけである。

 と謂うことは、内面が非常に男らしいのだろうか。慥かに女らしくはないが、男の気持ちがよく判る訳ではないと思う。ただ、書いていて感情移入し易いのは、男性のキャラクターが多い。

女性の心理は複雑好きてわたしにはまだ手に負えないようである。 









2015/03/06(Fri) 13:01 名前。山田エズミ  

文章を書く時、登場人物に名前をつけるのだが(つけない場合もあるが)、奇天烈なものは避ける様にしている。
が、たまに変な名前を思いつく時がある。
カナギシは、十代の頃に思いついた。漢字は三十代になってから考えた。來河池は就寝前にふと思い浮かんで、枕元にあった紙切れに書き留めた。蹴馬もふと思いついたものである。來河池は漢字で思いついたが、これは片仮名で浮かんだので、蹴る馬と漢字を当てた。ミナオは自然に浮かんできた。清世と謂う名前もそうである。江木澤閎介も特に考えずにつけたのだが、珍しい名前の部類かも知れない。閎介と謂う字は、ワープロソフトの変換で当てた。モヨリは不動産広告の「最寄りの駅」からとった。一要も深く考えたものではない。車折は実際に実家の近くにそう謂う名前の神社がある。禎は別に変わった名前ではない。栢窈は兎に角変わった漢字を、と漢和辞典で調べた。花李は、元は違う名だったが、それが漫画だかアニメーションの登場人物の名前と同じだったので変更した。植物に因んだ名前にしたかったのである。沼里漣雅は苗字は兎も角、変わった名前であろう。レンガなどとつける親は先ず居ない。義理の弟である秋出春世(アキイデハルヨ)は矛盾した名前にしたかったので考えた(秋で春の世)。脇に出て来る人物で、威頭盧楼造(イズノロウゾウ)と謂うのが居るが、何うやって思いついたか忘れて了った。今、打ち込んで変換しようとしたら、井ズの老蔵と出てきた。
読み方が変わっているのは、キシマ、コシマ、イサキだが(イサキは普通か)、岐阜県ではヤマサキやナカシマと濁らない事が多い。流石にコシマはないだろうが。
深く考えずに名前をつけるので、似た様な名前が多くなる。
木下亮二。
鈴木玲二。
水尾健司。
小島孝次。
江木澤閎介。
牧田俊介。
棠野瑛介。
小杉瑛子。
水保英太。
近藤裕太。
今井数見と來河池直樹の名前は、割礼の元ベーシストである今井直樹さんの名前から取った。数見と謂う字は変換しても出てこない。水尾はこの名前を、「数を見るとは、親は会計士にでもなって欲しかったのだろうか」と述解している。本人は名前で呼ばれるのを嫌う。先日、二十年以上前に書いたファイリングノートを読み返したのだが、その内に「篔一己」という人物が居た。そんな昔から使っていた名前なのかと驚いた。
内容もすっかり忘れて居たのだが、実に暗かった。わたしの書く話はだいたい暗いものが多いのだが、なんと謂うか、不幸のてんこ盛りで、主人公は三度自殺を企てて、最終的には死んでしまう。然も十九歳で。この頃は躁鬱が激しく、わたし自身も十代から何度も自殺未遂をして病院に担ぎ込まれていたので、それを反映しているのだろうが、読み返しただけで暗鬱な気持ちになった。
人物以外だと、バンド名は話の流れでつけた。「ナナシ」はライブハウスに出演する時に、バンド名が無く、亮二が「今のところ名無しの権兵衛なので前座とかなんとか適当に書いておいて下さい」と云ったのがそのまま命名されてしまった事にしてある。「キミドリ」は、清世の幼なじみである成田恵理の変人ぶりから連想される、なるべく気違いじみた名前にした。「glass tube」は、水保の危なっかしい性格から、「the cage」は、玲二の行状からつけた。ライブハウスの名前である「小坊主」は、特に考えもなく、「code6」は、映画の「code46」からとった。
わたしは連れ合いから、時々「鈴子」と呼ばれるのだが、これは横溝正史の「本陣殺人事件」に出て来る知恵遅れの少女の名である。つまり、わたしの事をそれくらい馬鹿だと云いたい訳だ。
失礼な話である。









2015/03/04(Wed) 01:35 更新情報。山田エズミ  

地震があった。結構揺れた。

阿呆の方舟に、HPにはじめてアップした文章である「 どこかへゆこう」を再び掲載。最初に書き上げたのは、今から十五年前。というか、昔書いたのは殆どそれくらい前のものばかりだ。しょっちゅう手を入れているので、もっと前かも知れない。兎に角、これは結構自信があったので(キャラクターに頼った話ではなかったので)、大阪の小さい出版社に送ってみたところ、うちでは取り上げられないが、これなら何かの賞に応募すれば必ず入選すると担当の方に云われた。嬉しかったが、面倒くさいので何処にも送らなかった。
これの推敲をしている際に、地震があった。
「どこかへゆこう」は、わたしにしては長い文章で、此処で会話の中にだけ出て来る水尾を後に使い廻す事になる。この頃は、連れ合いが書いたものを読んでくれており、「ケルマ」という人物が気に入ったというので書いたのが、「ワインと枝豆」である。当時は、やたら連作にする癖があり、石田初子は「ひぐらし」、來河池は「暗箱」と、続けて書いた。ケルマを登場させる為に書いたのだが、水尾に比重がいってしまい、ついには「柳の下で」で主役にしたが、殺してしまった。
どうもわたしは、自分の作った人物に辛く当たってしまうきらいがある。明良がそのいい例だ。彼など、生まれ育ちがいいという以外、何も良いところなしで肺癌の末の心不全で殺してしまった。彼は三十二才だったが、水尾はハタチである。はっきり云って、子供だ。しかも、明良は人物設定をした段階で早死にさせるつもりだったが、水尾の場合は、「幽霊の話を書きたい」という理由で死んでもらった。身も蓋もない。
世の中に迎合出来ない、或いは何処かに障碍のある人物を好んで書くのは、自分がそうだからだろう。世間に馴染んで何の疑問もなく生きてゆける人間の気持ちを書く方が苦労する。それにしても、ちょっと多過ぎるかも知れない。「どこかへゆこう」では、主人公の隣の少女が引きこもりの上、自殺してしまう。「ワインと枝豆」「ひぐらし」の石田初子は、同性愛者である。水尾は家庭内暴力の被害者で、同棲相手は母親が自殺して情緒不安定になってしまい、自傷癖がある。「どうしてもできないこと」の小田雅人は聾唖者である。「窓の外」「ヒバリの飼育」の関広太は、ものを掴もうとすると手がふるえる。明良は白皮症で体もものすごく弱い。しかも、性的不能である。「痛い魚たち」「痛くない呪文」の光太郎は、交通事故による脳の損傷が原因で記憶喪失になり、知能も三歳児程度になってしまった。「眠れぬ夜の分類学」「おすそわけ」の士崎和史は、片足が不自由である。「モデルガンを握りしめて」の主人公は、何が悪い訳でもないのに親から疎まれ、家から放逐された。「ガードレールを飛び越して」の鈴木玲二は、異様に細いが異様に美しく、矢鱈と性格が暗い。母親が駆け落ちして以来、ひとり暮らしをして、ものも碌に喰わずビールと煙草で生きている様な人間である。「箱庭」の棚橋花李は、体が弱く働きもせず家で盆栽を弄って暮らして居た。HPに書いたものだけでもこれである。その後に書いたものでも、「美しき病い」は、横溝正史の小説に出て来る様な美少年が、生まれた時には母親の腹を喰い破って出てきて、生肉を喰らい、血を啜って生き、兄の許嫁を喰い殺してしまうと謂う壮絶な話で、「沼」では、サナトリウムの様な病院に収容された主人公が出会う同じ年の少年が、周囲に誤解されたままその噂通りに自殺してしまう。
健康な人間は居ないのか、と思ったら、一応居た。
わたしの分身として書き続けている木下亮二である。しかし、能く考えてみると、彼も少食で、周囲には変人だと思われている。その連れ合いの清世はまあ、健康的ではある。玲二の彼女の桐島茉有美もごく普通の女の子として書いた。そういえば、棠野と車折の彼女(嫁)も、普通である。と謂うのも、人物を考える時、男の場合は何故か傍迷惑な人格に、女の場合は兎に角自分の好みで設定するので、そうなってしまうのだ。
つまり、女性の好みは普通と謂う訳だ。
なにしろ、原田知世ちゃんが好きなので。











2015/03/02(Mon) 23:46 齢。山田エズミ  

先日、常滑にある澤田酒造へ見学に行った。
見学といっても、目的は酒の試飲である。一番旨かったのは絞り立ての原酒で、濃いのにすっきりして飲み易い。一番有名なのは白老という酒なのだが、これもやはり旨い。日本酒はあまり好きではないのだが、それは安物ばかりしか口にしていない所為だろう。
天気が悪く、吹きさらしの場所で座り込んで買ってきたつまみを齧りつつ、小さいプラスチックのコップであれこれ飲んだが、原酒を上廻るものはなかった。何でも出来立てのものが旨いに決まっている。
図書館で借りた「しま豆腐紀行」という本を読んだのだが、沖縄豆腐は出来立てだと熱いらしい。熱くて硬くて確乎り味がついている。
沖縄に旅行した時には、チャンプルー料理でしか豆腐を食さなかったが、豆腐好きとしては惜しい限りである。硬い島豆腐より、 柔らかいゆし豆腐に惹かれるのだが。ジーマーミ豆腐はおいしかった。ジーマーミと謂うのは、落花生の事で、胡麻豆腐のピーナツ版と考えれば良い。胡麻豆腐も好きで、高野山と金沢に行った時は土産に買った。スーパーマーケットで売っている様なものと違い、ねっちりして濃厚な味だった。ジーマーミ豆腐は、それより更に濃厚で、今食べたらくどいと思うかも知れない。
年を喰ったのだ。
今、三月三日になったが、とうとうわたしも四十七歳である。人生の折り返し地点はとうに過ぎた。と謂うのに、何も成していない。いいのか、これで。良くはないだろうが、何も出来ないのだから致し方がない。年を喰って、執着心も拘りも薄れた。いい様な悪い様な。









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