ゆびぬき。
13894
ゆびぬき。

[ HOME日記TOP記事検索携帯用URL管理用 ]


2015/03/29(Sun) 16:34 漬け物。山田エズミ  

 WECKの保存瓶を買ったので、漬け物を作ってみた。
胡瓜と水煮の蓮根と大豆。ポン酢と青紫蘇ドレッシングを使った。
ポン酢がふた瓶もあったので早く消費したかったので恰度良かった。500ccの瓶なので結構たくさん要るのだが、ポン酢だけでは濃かった。今度は水か出汁で薄めようと思う。
WECKはドイツのメーカーで、100年愛用されているという。ガラスは90%がリサイクルで耐熱性。ゴムパッキンと留め金は別売り。煮沸消毒すれば完全密閉されるので常温でも保存出来る。シンプルな作りなので、洗い易い。湯煎調理で様々なものが出来る。電子レンジ使用可。
湯煎調理は栄養が逃げず、油を使わなくてもいいので健康にもいい。ただ、電気代やガス代が掛かるので電子レンジの方が経済的。災害時には、ビニール袋で調理する方法がお勧め。調理器具は鍋ひとつ。袋から直接喰えば、食器も要らない。生ゴミの様に見えるが、喰ってしまえば味に変わりはない。


阿呆の方舟更新情報。

「生活の手帳」「捨てられた町にがらんどうの風が吹く」(ホームページ時代に書いたものに加筆修正)「よしなしごと」。
「生活の手帳」は車折の話。樹玖尾君の話は頓挫した。「よしなしごと」は水尾の話。車折も水尾も、或る意味天然呆けなので、突っ込みどころが多い。水尾は若死にしたので、真面目に書くと暗くなってしまうの為、本人の語りで書いた方が明るくなる。それでも暗くなりそうだったので、後半は殆ど会話のみ。花子との会話は「あはれ蚊を叩かずや」の後日談。
この頃、出産、子育ての話をよく書いたので、子供が居ないのによくそう謂うサイトを見て研究した。色々勉強にはなった。他にも、何かを書く時はインターネットや本で調べる。盆栽のことを書いた時は、NHK出版の本を買った。これ一冊で「箱庭」を書いた。亮二のギターを国産品に限らせたので、色々なサイトを見て廻った。「MJのギター弾きだおれ」は面白く拝見させて頂いた。
点字のことや、若者の突然死症候群、視力障碍についても調べた。昔だったら本を買うか図書館へ行かなければ得られない知識が、居ながらにして手に入る。難有い時代になったものである。









2015/03/27(Fri) 22:09 素晴らしき哉。山田エズミ  

東京都渋谷区議会の総務区民委員会は26日、同棲カップルを結婚に相当する関係と認め「パートナー」として証明書を発行する条例案を賛成多数で可決した。
31日の本会議で可決、成立する見通し。こうした条例は全国ではじめてで、成立すれば4月1日から施行される。

遅過ぎたくらいだが、喜ばしいニュースである。
同性間の恋愛が差別されたり認められないのはおかしな話だと常々思っていた。ひとに迷惑を掛けない限り何をやろうが勝手だ。それを認めないのは傲慢である。不快に思う方がおかしい。価値が逆転した場合、異性とつき合っただけで後ろ指をさされたら何う思うか考えないのだろうか。
他人のやることに対する不寛容性は、未熟な証しである。
日本もやっと成熟した社会になって来たと謂うことだろうか。渋谷区だけではなく、全国で承認されて慾しい。









2015/03/23(Mon) 03:16 殺人。山田エズミ  

図書館で「アメリカを愛した少年 『服部剛丈君射殺事件』裁判」を借りて、半日で読み終えた。
事件の実録ものはよく読むのだが、この事件は当時から関心を持っていた。 
被害者が名古屋の高校生だったと謂うのも興味を持った要因かも知れないが、アメリカの銃犯罪や人種差別に対して関心があったからである。
事件は、1992年10月17日に起きた。
留学生の服部剛丈(よしひろ)君は、ホームステイ先の息子とふたりで、早いハロウイーンパーティへ出掛けた。訪問先が判らず、やはり早めのハロウイーンの飾りつけがしてあったピアーズ家をその家だと思い、インターホンを鳴らした。応対したその家の主婦ボニーは、有色人種の未知の訪問者に怯え、すぐさまドアを閉め夫に「早く銃を持ってきて」と云った。
そして夫のロドニーは、(夫妻の証言によれば)何が起きたのか妻に問い質すこともせず寝室から44口径のマグナムを持ち出し、丸腰の16歳の少年を撃ち殺した。
44マグナムは、映画「ダーティーハリー」で刑事が使用しているが、実際の警察官はこの様な強力な銃を使うことは先ずない。通常は熊や鹿を撃つ際に使用するものである。その銃にはスコープが装着されていた。
裁判ではロドニー・ピアーズに殺意はなかったとされたが、警察機構でさえその殺傷力に使用を躊躇する銃を至近距離で撃っておいて、殺意がないと如何して云えるのだろうか。拳銃には弾が込められており、撃鉄を起こして引き金を引く。銃社会に生きる者ならば、その結果が何うなるかくらい馬鹿でない限り判る筈だ。
この時、民間人が拳銃と謂う人間を殺害する為に作られた武器を所有することが法律で認められている恐ろしい国だとは思っていたが、ひとの敷地に這入っただけで殺されてしまうとはなんと謂う国だ、と思った。
ピアーズ被告は無罪が云い渡された。
ひとひとり殺して罪を償うこともなく大手を振って世間を渡ってゆけるとは、日本では考えられないことである。アメリカ南部と謂う土地柄もあっただろうが、現地でこの判決は当たり前のことだと受け入れられた。それどころか、日本のマスコミの反応を考えられない、内政干渉だ、と反撥した。
被告に有利に裁判が進行したのは、陪審員に情で訴えかけた弁護士の手腕もあっただろうが、検事が己れの選挙の為に無罪に傾いている民意に逆らう判決に持って行くのを善しとしなかったのも大きく働いていたという。
巫山戯た話もあったものだが、前に読んだ「ジョンベネ事件」でも似た様な展開があった。これも南部で起きた事件である。
アメリカ南部から中西部は「バイブル・ベルト」と呼ばれる保守的な地域である。特に、人種差別が激しい。悪名高きK.K.K.団も此処で生まれた。テキサス州は全米一多く死刑執行判決が下される。黒人が譬え過失であろうとも、殺人を犯したら必ず死刑判決が降りる。
この事件も、加害者が黒人で被害者が白人の少年だったら、まったく違う判決が下されただろうと、現地のバトンルージュのひとですら云っていたらしい。
ひとの命の重さは年齢、人種の別なく等しい。
裁判は罪を裁くものであり、被害者の背景は考慮に入れない。しかし、加害者が何故そのような行動をとったのか考える上で、被害者の行動原理を知る為にもその文化背景、人格を陪審員に提示するべきではないだろうか。
ロドニー・ピアーズは剛丈君に、止まれと謂う意味の「フリーズ」と謂う言葉で警告した。しかし、当時この言葉は殆どの日本人が知らなかった。日本のマスコミは、「フリーズ」を「プリーズ」と訊き間違えた為に起きた殺人であったと報道した。だが、この言葉は警察官が使うもので、アメリカでも一般人が使用するものではない。裁判でこのことは殆ど取り上げられなかった。
ピアーズは、後に民事裁判にかけられ、有罪判決が下され賠償金を支払う様求められたが、控訴している。反省などしていなかったのだ。その賠償金のうちの一部は支払われていない。支払われないままピアーズ一家は行方をくらました。









2015/03/20(Fri) 04:09 煙草。山田エズミ  

 わたしの話に出てくる人物(男)の殆どが喫煙者なのだが、わたし自身は、もう時効……、というか、はっきり云って何うでもいいのだが、十四の時から吸っていた。友人がひとりもいないので、不良気取りとかそんなものではなかったのだが、何かに憧れて、と謂うのでもなかった記憶がある。なんで吸いはじめたんだろう。

 犬の散歩に行く通り道のクリーニング屋の前にある自動販売機がやたらと充実していたので、興味をそそられたのかも知れない。

 取り敢えず、何でも吸ってみた。吸った事がないのだからキツいだのなんだのは判らない。当然の事である。ホープから両切りピース――これは缶が慾しかっ たからである。「キース」とか謂う葉巻煙草が好きだった。葉巻と謂うのは、なんか甘い香りがする。で、タールやニコチンの表示がない。

 十四歳なので家族の前では吸わなかったが、犬を散歩させながら平気で吸っては居た。よく判らない行動である。喫煙がばれてからは、換気扇の下で椅子にしゃがんで吸って居た。水尾のしゃがむ癖はわたし自身からとった。飯を喰う時もしゃがんでいる。

 んな事はどうでもいいのだが、禁煙が出来ない。しようとも思わない。でも、禁酒はしたい。

 

 ――で、出てくる者らの煙草リストを。

 

 

上条明良……ハイライト(十五歳から。旧市の爺さんに勧められて)。

水尾健司……ラーク(十四歳から。ストレス解消の為か? 昔の赤いパッケージ)。

來河池直樹……キャメル(十七歳から。受験の息抜き)。

今井数見……キャビン(大学に入ってから。やはり赤いパッケージ)。

木下亮二……キャスター・マイルド(十五歳から。高校に上がる直前、父親から一本貰った)。

江木澤閎介……マイルド・セブン(大学に入ってから。子供が産まれて止めた)。

牧田俊介……ホール・イン・ワン・ライツ(大学に入ってから。こんな煙草、見たことがない)。
岸繁……ウィンストン(大学に入ってから。これのライトを連れ合いが吸っていた)

小島孝次……マイルド・セブン(役者をやる様になってから)。

山田一要……ポール・モール(成人してから。これは次元大介が吸っていたらしい)。

鈴木玲二……マイルド・セブン(十七歳から。母親が駆け落ちしてひとりでぐれた)。

棠野瑛介……ラッキー・ストライク(高校を出てから。通称赤丸)。

車折禎……マルボロ(硬派なので成人してから。「ひとは本当の愛を見つける為に恋をする」の頭文字と謂うのは本当か?)。

士崎和文……キャスター・ワン・100s(成人してから)。

生田圭一……マイルド・セブン(大学に入ってから)。

小杉瑛子……マルボロ・メンソール(成人してから。女の子だからメンソールにした)。

じじい(中島宗次郎)……ピース・マイルド(現実にはない)。

 

 

 何故マイルド・セブンが多いかと云うと、何処にでもあるからだ。品切れしている事もあまり無いし。現在は名前が変わって「メビウス」になっているが、そんな名前の煙草は厭だ。煙草が「無限」って、自棄糞でつけたのか?
ハイライトとキャスターは甘い煙草の代表選手らしい。キャスターは慥かにバニラの香りがするが、ハイライトはそんなに甘いとは感じなかった。もう一度吸えば判るかも知れない。ラークはジェームス・コバーンが出ていたコマーシャルが有名だが、臭いらしい。うーん、臭くないことにしておきたい。どちらにしても、煙草を吸えば煙臭くなる。ばかすか吸えば脂臭くもなる。

 ちなみにわたしは、echoを吸っている。安いから。これに落ち着く前は、アイランド(現在は売っていない様である。連れ合いに珍しがられた)、L&M(これも売っていない。パッケージが良かった)、KENT(現行のパッケージ・デザインは好きではない)、キャスター・ワン・100sと遍歴した。写真のわかばはカスみたいな煙草だった。

 大須とかに行くと、自販機でも変わった煙草があったりするが、そう謂うのを買おうと思う気は失せてしまった。昔は面白がって何でも買ったもんだが、年を喰ったからだろうか。それとも、変わった煙草が高い所為だろうか。

 喫煙は緩慢なる自殺――よく云われる言葉だし、カナギシも明良にそう云っていた。カート・ヴォネガット・ジュニアも、「アメリカ人にとって最も体裁のいい 自殺方法」と皮肉って書いている。一番いいのは、体に害のない煙草、もしくは、本人にだけ害のある煙草を開発する事だと思うが、そんなものは開発することが出来ないのだろう。


 






2015/03/19(Thu) 21:45 映画。山田エズミ  

映画館に通っていた頃は、週に二、三回は観ていた。アルバイトで稼いだ金は、すべて映画につぎ込んでいた。それでも金が足りなくて、歩ける処はすべて歩いて行ったし、食事も摂らなかった。
電車賃と映画料金が値上がりして、通うのをぱったりやめた。その後は、テレビや衛星放送でやるものを録画して観ていた。当時はビデオテープがまだ高くて、外国製の安いものに三倍で録画していた。ビデオデッキは使用頻度が高い為、一年でいかれた。しかし、映画館に通うことを考えれば、安いものである。
DVDが普及してからは、もっぱらそれで観る様になった。衛星放送のものもDVDに録画した。DVDデッキも、やはり二年くらいで駄目になり、何度か買い替えた。
衛星放送がデジタル化されて契約を解除してからは、観る本数が格段に減った。
今や、年に数本観る程度である。あれだけ熱中して居たのが嘘のようだ。わたしが好んで観ていたのは、マイナー映画が殆どだったが(まだミニ・シアターと謂う言葉がなく、単館劇場と呼ばれていた)、普通に名作映画と呼ばれるものも観た。
その中で、衛星放送で観た「終身犯」と謂うのがある。
バート・ランカスター主演の社会派映画である。淀川長治さんは、彼を大根役者と評していたが、この映画ではなかなかの演技を披露していた。
殺人を犯し、死刑を云い渡された主人公が、疵ついた雀を治療し、刑務所の中で鳥類学者になると謂う話である。これは実際あった話らしく、男は「バードマン」と呼ばれた。
一度観ただけなので、記憶が曖昧な為調べてみたら、脇に「刑事コジャック」のテリー・サバラスも出ている。覚えていなかった。もう一度観てみたいと思うのだが、録画したかどうかも覚えておらず、もし録画していたとしても、膨大にあるDVDから探し出すのは大変な作業になる。私家DVDは薄いケースに入れるか、ファイルして保存してあるので、題名を確認するのが面倒くさいのだ。
今は、マイナーな映画でもDVDになっているが、待てど暮らせど販売されないのが、「うたかたの日々」である。リクエストはあるらしいのだが、何故か黙殺されている。昔観て、かなり影響された「砂時計」は去年発売された。やはり、昔テレビで観た「早春」は、日本では発売されなかったが、イギリス版を取り寄せて観た。
若い頃は洋画ばかり観ていたが、二十代後半になってから、日本映画も観る様になった。マイナーなものも観るし、「男はつらいよ」なども観る。大衆の心を掴むものは、それだけの理由がある訳で、喰わず嫌いはよくない。十代の頃はホラー映画など恐くてみられなかったが、いつの間にか平気になった。
ホラー映画は、大味な西洋の作品より、東洋のものの方が恐さが際立っている様に思う。人種的に見た目が近いからかも知れないが。一番恐かったのが、WOWOWで放送された「女優霊」。深夜にひとりで観たので、トイレにも行けなくなった。実に低予算で作られたもので、凝った映像などまったくないのだが、もの凄く恐い。しかも、これを録ったビデオテープのお陰で、デッキが壊れた。
子供の頃人気だった「サスペリア」はいまだに観ていないが、ダリオ・アルジェントの初期のサスペンス映画は三本観た。子供の頃恐くて観られなかったものは、いまだに躊躇する。「13日の金曜日」とか。観てしまえば平気なのだろうが。
最近は年をとった所為か、あらゆることに対する熱意が薄れてきて、本もあまり読まなくなった。もう少し感情の温度を上げた方がいい様な気がする。

 






2015/03/18(Wed) 22:44 更新。山田エズミ  

再録だが、「沼」をアップした。
これは、わたしの体験を元にして書いた。「第五病棟」の状況はすべてわたしが入院した処をそのまま描いた。その時の日記から書いたものだ。入院したのが二十年以上前なので、かなり古い話である(わたしが十七歳だったと謂う訳ではない)。
 この時、わたしは精神医学と謂うものに強い不信感を抱いた。
精神と謂う曖昧なものに対する医学は、自ずと曖昧にならざるを得ない。医者は、臨床経験があっても、自分が罹病した訳ではないので、憶測でしか診断を下せない。そもそも、精神病と謂うのは、内科、外科の様にはっきり病気と断定出来るものではない。昔は「気塞ぎ病」「ぶらぶら病」とされて居た。
些細なことで落ち込んでも立ち直る人間が多い。が、そのままずるずると社会生活もままならない様になってしまう者も居る。
そう謂った状態に様々な病名がつけられる。
病名をつけなければ、単なる落ちこぼれと看做されるだけだ。わたしは長いことそうやって放置され、医者にかかった時には手遅れだった。それで、四十過ぎまで躁鬱病に悩まされた。
今は惰性で精神科医に通って居るが、県の補助で無料である。申請すれば障碍者としてあらゆる医療施設に無料で掛かることが出来る。現在でも、市役所に通達すれば歯医者だろうと内科医だろうと無料だ。
貧乏人にとっては難有い話である。
「沼」に書いた様に、何度も処方薬の過剰摂取で病院に搬送された。これを面白可笑しく書いたのが「おだいじに」だ。これもわたしの入院体験をもとに書いたものである。
なんでも経験してみるものだ。









2015/03/18(Wed) 17:55 好み。山田エズミ  

前の様に文章が書けなくなったが、少しづつ新しいものも書いている。以前書きかけて中絶したものは、書き易い。登場人物が既に固まっているので、それを動かすのは簡単である。ただ、書き尽くした感があるので、エピソードがなかなか出てこない。亮二の「てさぐり」は、昔ノートに書き留めてあったものをごっそり引き写した。 若社長の出てくる辺りがそうである。
今は、車折と樹玖尾君の話を書いているのだが、やはり話が広がらない。もともと長い話は書けない。
このふたりは両極端というか、異様におとなしく控えめな青年と、矢鱈堅苦しい男である。どちらが書き易いかと謂えば、どちらも面白いので書き易くはある。ただ、車折は第三者の視点でしか書けない。その硬派振りに突っ込みを入れる、と謂う形式である。樹玖尾君は、わたしの周囲には居ない類いの人物である。そもそもこんなに優しい男が世の中に存在するのだろうか。
わたしの父は、頑固で気が短く、すぐ怒鳴り、暴力も揮った。その人物像は小杉瑛子の父親に当てた(「阿呆と山猫」)。連れ合いもやはり気が短く、優しい人間とは云えない。
だから、接したことのない人格をすべて詰め込んでみた。
二十五歳で女性とつき合ったこともないのに、子持ちの女と結婚する。しかも、その女性は、父親の判らない子供を身籠っていた。敬虔なカトリック教徒の家庭で育ち、独学でキーボードを弾き(それも童謡)、断りきれずにバンドに参加するも、周囲の人間からは「車に跳ねられても相手に謝りそう」と思われる程の押しの弱い人間である。その父親も、息子が彼女と結婚すると打ち明けると、「三人纏めて愛してあげなさい」と云う。これがわたしの理想なのか?
どうもわたしは極端なものを好む様で、こうした控えめ過ぎる人物と(樹玖尾君や岸繁など)、言動が乱暴な人物(春世や棠野も少しそう)をよく書く。
車折はそのどちらでもない。接した人間からは「硬派」だと思われ、実際、見た目も中身も生真面目な侍の様な男である。言葉少なく、愛想なく、自分にも他人にも厳しい。こんな男は今時の若者には先ず居ない。
居ない、と謂う点でこのふたりは似通っているのかも知れない。
人物が先に立つ話以外は、割と殺伐とした内容になってしまうが、落語が好きなのでそう謂った話を書いたこともあった(「あんたが來さうな頃の風鈴」「妖怪仙人」「居酒屋談義」など)。会話だけのものをよく書くのは、恐らく落語が好きだからだろう。コントの脚本か、と云われたことがあるが、脚本の書き方など知らない。
暴力的な話を書くこともあるが(昨日アップした「餓えた血」。これは実は最近書いたものではない。明良の「亡き王女のために」のクライマックス部分もかなりの暴力描写が続く)、当然ながら体験したものではない。父親の暴力を見て育ったので、そう謂った行為は嫌悪する。それに、最近は連れ合いが感心するくらい無抵抗主義の人間になった。
日常生活が平坦だからこそ、変わったことが書けるのかも知れない。









2015/03/15(Sun) 18:09 メカが判らないマシーン好きの不幸。山田エズミ  

 十代の頃、バイクに凄く乗りたかった。

 わたしは学校に行っていなかったので、校則とかそう謂うものに縛られておらず、十六歳で、恰度原附の免許が取れる年齢だった。まあ、その頃、漫画でバイク関係のが流行っていたと謂うのもあったのかも知れない。わたしの移動手段と謂えば、徒足か、自転車か、電車ぐらいのもので、まったく自由ではない。バイクは、自由で恰好良かった。

 本とか買って勉強したが、結局免許は取らなかった。当時、わたしは躁鬱が激しくて、お金を掛けて時間が掛かるような教習所には親が行かせてくれなかったのだ。わたしとしても、自信が無かった。

 そのかわり、自転車ではひとが聞いたら吃驚するくらい遠く迄出掛けて行った。十キロ、二十キロなんてへのかっぱだった。

 車の免許を取ったのは、まあ、一般的には遅い方である。二十六の終わり頃、ゲロ吐きながら一ヶ月で取得した。こう謂う事があるから、免許とかなんかは避けていたのだ。しかし、この時は親が動けなくなったらわたしが何とかしなければいけない、と謂う信念で最短のスピードでやってのけた。こんなでろでろの人間でもやろうと思えば出来るのだ。しかも、マニュアルで取った。

 最初の車はオプティだった。当時、宮沢りえがCMをやっていた。

「りえのオプティ」

 あの頃のままだったらよかったのに……。りえちゃんは可愛かった。今でも可愛いけれど。

 問題は、わたしがオプティなんか慾しく無かった事である。

 わたしが一番慾しかったのは、SUZUKIの「ジムニー」。家の近所は何故かジムニー率が高くて、あの無骨な形に憧れていたのだ。そうでなければフィアットのパンダ。四角っぽいのが好きなのだ。ギリギリ妥協して「ビストロ」(安食堂、って姉に馬鹿にされたよ)。

 結局、最初に手に入れたのはりえのオプティ(当時、宮沢りえのCMではシルバーを売り出していたのに、わたしが買ったのは黒……)。これは出勤する時に近所の家の玄関にぶつけたりなんかして、結局一年でビストロに買い替えた。最初に出入りの車屋に相談した時、ビストロはセミ・オートマで初心者には扱い難いからとか何とか云っていた癖に、買い替えるつったらすっ飛んで来やがった。だったら最初からビストロ寄越せってーの。

 車屋が指摘した「セミ・オートマ」。

 わたしはマニュアルで免許を取ったからこの方が良かったけれど、オートマ限定のひとには扱い難いかも知れない。と謂うのは、この車、クリープ現象が無い。マニュアルしか運転した事が無いひとだったら判るだろうが、オートマチック車のクリープ現象と謂うのは、気持ち悪いというか、恐い。なにしろ、勝手に動くのだから。マニュアル車は運転するものが何かをしない限りびくともしない。

 この、可愛いかわいいビストロはヨメ入りの際、荷物を運んでくれた(軽自動車なのに健気な奴だった)。仕事に行くのにも走らせて貰った。殆ど毎日乗っていた。が、遠い処に引っ越すにあたって売り払う事になった。悲しかった。いまだに、通りすがるビストロを見ると「あ、わたしの車だ」と思う。

 わたしが描いている世界は勿論架空で、現実とは違う。養子とは謂え(カナギシの事)カローラなんかに乗るのは却って厭味だろう。しかも中古。実の息子(明良)は、事もあろうにサニトラ。有り得ねえっつの。亮二が乗っていたのは車体デザインが変わってしまったので、「復刻版ジムニー」と謂う事にしてある。しかし、その後に買ったのが国籍不明のグロリアバンに似た車……。わたしゃ、何考えてんだよ、いったい。

 まあ、すべて好みなのだけれど。箱形の車が好きなのだ。

 

 で、お次はバイクの話である。

 バイクと謂うのは和製英語である。性格には「モーターサイクル」という。「モーターサイクル・ダイアリーズ」と謂う映画もある。観た事はない。

 バイクに乗ったのは、十八くらいの時。コバヤシとかいう男の子に乗せて貰った。ニケツで。恐かった。手が氷みたいに冷たくなって、「こんなんなっちゃったよー」と、彼に手を握らせたら、「ごめんね」と云っていた。痩せた背の高い、オタクの子だった。つき合った訳ではなかった。と謂うか、きもかった。だって「うる星やつら」のラムちゃんのTシャツ着てたんだよ、ピンク色の。犬山遊園(日本モンキー・パーク)迄わざわざ来てくれたというのに、たかだか「ラムちゃんのTシャツ」如きで「気持ち悪いひと」と断定してしまったわたしは極悪人?
彼が何に乗っていたかまったく記憶にない。連れ合いはHONDAのCLUBMANに乗っていた。恰好良かった(バイクが)。 
それはさておき、バイクの事は何にも知らないけれど、形には五月蝿い。そのはじめてデート(?)した男の子がどんなバイクに乗っていたのかまったく記憶がない。

 わたし自身が操縦してミニ・バイクに乗った事はあるのだが(三十五、六の頃である)、転けて怪我をして、それ以来乗っていない。どうやら自分は速さを体感する事に恐怖を覚える性質らしい事が判ったからだ。だから、ジェットコースターとかも嫌いである。

 兎に角、バイクで転けて、二度と乗るまいと思った。

 が、バイクに関してはいまだに五月蝿い。どうしても好きなのだろう。先づ、モトクロスなどのスポーツ・サイクルは、見るのも厭だ。ハーレー系のアメリカンタイプも好きになれない。しかし、車折の乗っているのはHONDAのSUTEEDである。アメリカン・バイクが日本で低迷した頃に開発された図体のでかい奴だ。生産は終わっているらしいが、海外でも人気が高かったらしい。オーナーは改造して楽しむらしく、中古車を見ると、殆ど改造されている。彼が乗っている400ccのものは、純正でストレート・ハンドルのがある。当然の事ながら車折が乗っているのはそれだ。

 わたし好みのバイクに乗っているのが棠野とミナオを夜間清掃から送ってくれていた男。HONDAのCB400とCLUBMAN。わたしの様なド素人には区別がつかない。でも好きだからいいのだ。棠野が二台目に買ったYAMAHAのSRも、たいして変わらない形をしている。緑、と書いているが、CBもSRも、タンクの一部にしか色はついていない。

 

 

 しかし、HONDAはバイクに関して云えば、デザインの良いものが多い。
JADE、FTR、ブロス(ってゆー双子のグループが昔居たなあ)、ベンリイ、モトラ、リトルカブ(殆ど業務用なんじゃねえの?)CD50(原附なのにカッコ良すぎ!)、Ape(玩具みたいで可愛い)、Solo(殆どエンジン附き自転車。敢えてモーター・シクロと呼びたい)、DAX(おフランスっぽい)、ジョイもスカッシュも愛らしい。ZOOMERは劇団狐狸縫の近藤裕太が乗っている。これは本当に実用性がない。わたしが転けたのは、彼がその前に乗っていたTodayのシルバー。膝の痛みが半年取れなかった。
人間の移動速度以上に速いものは苦手である。車もバイクも自転車も駄目。電車も飛行機も人がいっぱい乗ってるから精神的にキツくなって来る。社会人失格である。でも歩くのは速い。だから健康には良いと思う。云い訳に過ぎないのだが。

 

 


 






2015/03/15(Sun) 12:19 呼び名。山田エズミ  

わたしは連れ合いの事を苗字に君づけで呼ぶ。結婚前からそう呼んでいるので、今更変えられない。
それは可怪しいと、父親に云われた。当人からも、やはり変だと云われた。そんな事を云われても、「もう、遅いんや」。
で、シミュレートしてみた(斯う謂うことをするからオタクと思われるのだな)。

「木下さん」
「なんですか、木下さん」
「意地悪ですね」
「名前で呼んでみましょう」
「りょ……。料理さん」
「呂律が廻ってないぞ」
(亮二と清世。「つまらないものですが」「ありがとう、さようなら」その他)

「後藤ちゃんて呼ぶのやめて慾しいです」
「んー、秋子だから……。あっこちゃん」
「なんとなく厭です」
「あきちゃん」
「ちゃんはやめてください」
「……秋子様」
(棠野と秋子。「緑のバイク」「うまくあるけないよ」)

「最近、洋一君って呼ばないんだね」
「お母さんが駄目って云った」
「これからなんて呼ぶの?」
「……お父さん?」
「それはちょっと……」
(樹玖尾君とれいこ。「ゆるやかな日々」)

 呼び方に問題のある人物はこれだけであった。
連れ合いはわたしの事を何と呼ぶか。
呼ばない。
そちらの方が悪い様な気がするが、何うなのだろう。

括弧内の文章は、此処の上のバーにある「HOME」をクリックして、そこの検索に題名を入れれば読む事が出来ます。









2015/03/15(Sun) 00:17 梅見。山田エズミ  

佐布里池にある梅林へ行ってきた。
先週行ったら駐車場は満杯で、渋滞が出来ている程だったので、諦めて帰ったのだが、今日は午前中、天気がぐずついていたのでなんとか臨時駐車場に停める事が出来た。
此処へ来るのは二度目である。前に来た時は花が殆ど散っていたが、今回は大丈夫だった。今年は寒いのだろうか。
佐布里池と謂うのは人工の用水池で、この辺り一帯の水道水の源となっているらしい。元は農業用水だった。佐布里は「そうり」と読む。
岐阜には梅林公園と謂う処があるが、此処の規模はもっと大きい。が、趣きはない。地方自治体と名古屋鉄道が管理しているので、期待する方が悪い。名古屋鉄道は行楽地に対するセンスが非常に宜しくない。その証拠に、経営する行楽施設はすべて左前である。南知多ビーチランドなど、一度潰れかけた。雑誌に時々取り上げられる明治村も、閑古鳥が啼いている。
梅は桜と違って華やかなものではない。カメラを向けるとよく判る。
素人ではしょぼい写真しか撮れないのだ。
だが、梅は単体で見ても美しい。枝ひとふりでも鑑賞に堪える。
侘び寂びの世界なのである。
一句詠みたくなる程である。

梅見酒 車で来たから 飲めないよ


 






11件〜20件(全551件)
/→  | 2 | | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10
<RSS>


無料レンタル掲示板・日記・ブログ Progoo